ワゴン車を乗り捨てて新しい車を手配させた高杉と名前は順調に成田空港へと向かっていた。助手席の名前は頭を抱えている。先ほど、銀時に電話をかけてからずっとこの調子だ。銀時からは公衆電話を通じて高杉に電話がかかってきたから無事は確認できている。なんとなく事情は察した。再び着信、坂田銀時。
「でねェのか?」
「…うん」
着信画面をひたすら眺めるものの、一向に出ようとはしない。プライベート用のスマートフォンは数分置きに振動していた。高杉と名前は私服に着替えてある。傍から見ればドライブを楽しむカップルに見えるだろう。夕方六時までまだ余裕があったため、近くのレストランにでも入って軽食を取ることにした。朝食をファミレスで摂ったきり、何も食べていない。空腹が限界だった。
「何が食べたい?」
「…うーん、高杉が食べたい」
「……」
「嘘だよ。イタリアンがいい」
カーナビでお勧めのイタリアンレストランを探した。空港近くにいいお店がある。そこでいいかと名前に聞くといいと返ってくる。イタリアンの他に小さなパンが食べ放題のお店だ。空港から車で十分。丁度いい。上機嫌でハンドルを捌く高杉を名前はただ眺めていた。乗っている車は外車だが、運転席は右にある。そのため眼帯に隠された左側を好きなだけ見ることができた。普段ならば嫌な顔をされるが、今は運転中だ。それに左側しか見えないのは不可抗力。ゴルフ場近くのレストランの駐車場にシルバーのBMWを収めた高杉と名前はランチタイムギリギリでお店に滑り込んだ。
■ ■ ■
公衆電話から高杉に連絡を取って二人の無事を確認した銀時はすぐに探偵事務所へと向かった。ポケットに入れていたスマートフォンがいつの間にか無くなっている。落としたのかもしれないと思った銀時は自分の携帯に電話をかけてみたがかからない。すぐ近くのネットカフェに入り、事前にスマートフォンに入れておいたアプリを作動される。新八が勝手に入れたものだが、まさか役に立つとは。リモートロックでスマートフォンの一切の動作を封じ込めた上、全データの消去を実行した。バックアップもこのアプリでできているはず。ひとまずの安心を手に入れた所で銀時はGPSを作動させた。数秒で現在地が表示される。
「…え、事務所じゃねーか」
現在地を示す逆三角は坂田探偵事務所を差していた。どこかで落としたのを拾って帰ってくれたのかもしれないと結論づけて銀時は喫茶店を出た。自宅にあるのならばデータ消去なんてする必要なかったと思いつつ、万が一中を見られて秘密のフォルダ…いわゆる大人のフォルダを見られたら、と考えたら念には念を入れてもいいとも思う。原付バイクを吹かし、スマートフォンとマナが待つ坂田探偵事務所を目指した。
事務所に近づいた銀時は事務所の前で右手を挙げて親指を立てている女がいるのを視界に入れてバイクの速度を速めた。それでも目の前に飛び込んでくる女に慌ててブレーキを踏んだ。道の隅にバイクを寄せ、ヘルメットを外して耳の穴に小指を突っ込む。
「なにしてんだよストーカー女」
「銀さん、あなたの事務所にいたマナの名字って名字だったのね」
「え?あぁ…なんでお前知ってんだ?」
「さっき万事屋にお邪魔してたらあの子が帰ってきて、電話かけ始めたから。見つかったらまずいと思って天井裏に隠れてたんだけど…」
「おい、お前どうやって入ったんだよ」
「あら銀さん。私が合鍵持ってるの忘れちゃったの?」
「渡した記憶がねーよ。返せ馬鹿やろー」
「あっ、ちょっと!もう…また作ればいいや」
「おい」
「で、電話で名字って名乗っていたから、名前と関係あるのかな、って。あの子の本名も名字名前でしょ?」
「ねーよ。偶然だろ」
「本当に無関係?」
「ああ」
猿飛はICレコーダーを銀時の目の前に突き出した。顔とレコーダーの距離が近かったためにレコーダーを押し返した。偶然ボタンに手が当たり、音声が流れ出す。
「もしもし。名字です」
「ええ、知っています。地雷亜さんは今どこに?」
「まだ、協力していただけますか?」
「じゃあ、名字名前を消せば新しいメリットを提示する、と言ったらどうでしょう」
「公安内に私が仕掛けた盗聴器が合計二十個あります。捜査員の服に仕組まれたものから取調室、手洗い場所まで。見つからない限り半永久的に作動するこれらの所有権を差し上げます」
「悪い話じゃないと思いますよ。公安内は基本的に立ち入りもままならない場所ですし、内部の会話も得られるんですから。今後、事を起こそうとするときに必ず有利に働くと思うんですけどね」
銀時の顔色が変わった。間違いなくマナの声だ。猿飛の表情はいつものようにおちゃらけてはいない。そういえば、猿飛と名前は仲がよかったな、と銀時は思い返した。猿飛の心配するような視線が銀時を包み込む。探偵事務所と掲げるだけあって、普段はジャミング装置を設置していた。そのため盗聴の恐れはないと新八や神楽にも言ってある。それをマナも聞いていたのだろう。だが猿飛は直接侵入してきたためジャミング装置は意味をなさなかった。片手で顔を覆った銀時は信じられない思いで事務所を見た。彼女はここにいるだろう。ただの女子高生だと思っていたマナの声で「地雷亜」「盗聴器」「公安」のワードがでてくるとは。会話の片鱗だが、厄介なことになっているのは間違いなかった。
「名前…」
銀時の口から零れ落ちたその名前に猿飛は切なそうな眼差しを彼に投げた。