ビルの火災と銀時の電話がつながっていると勘付いた土方だったが、生憎逆探知した場所に銀時はおらず、銀時のコートを羽織ったマナが居るだけだった。署に連れて行って事情聴取をしたいのだけれど、あの火災は伊藤の管轄になったため土方がでしゃばることは出来ない。ひとまずマナを車に乗せて温かいミルクティーを与えた。
「何があったのか聞いていいか?」
「紅蜘蛛党って名乗る人に連れ去られて…銀ちゃんが助けに来てくれたんですけど、どっか行っちゃって…」
「そうか…後で警察が事情聴取すると思うが大丈夫か?」
「はい…」
席に体を埋めるように座った少女の様子をバックミラーで時々見ながら土方は坂田探偵事務所へと車を走らせた。合鍵は持っているという。池袋から新宿まで二十分もあれば余裕で着く。マナが事務所の中に消えたのを確認してから土方は署へと連絡を入れる。土方の車が視界から消えたのち、マナは自分の携帯電話を取り出した。
「もしもし。マナです」
「…計画は頓挫したようだね。春雨の連中は手を引くようだ。おかげでこちらも痛手を被った」
「ええ、知っています。地雷亜さんは今どこに?」
「渋谷だよ」
「まだ、協力していただけますか?」
「少し難しいかな。俺が君と手を組もうと思ったのは名前を出汁に神威と手が組めると思ったからだ」
「じゃあ、名字名前を消せば新しいメリットを提示する、と言ったらどうでしょう」
「聞こうか」
「公安内に私が仕掛けた盗聴器が合計二十個あります。捜査員の服に仕組まれたものから取調室、手洗い場所まで。見つからない限り半永久的に作動するこれらの所有権を差し上げます」
「……」
「悪い話じゃないと思いますよ。公安内は基本的に立ち入りもままならない場所ですし、内部の会話も得られるんですから。今後、事を起こそうとするときに必ず有利に働くと思うんですけどね」
「前向きに考えてみよう」
「もう一つ」
「なんだい?」
「私からも彼女への手は打ってあります」
小さく笑った地雷亜が条件を飲むことを伝えた。まだ私の計画は終わっていない。神威と阿伏兎が使えないのは痛いが、地雷亜の方が好都合でもある。地雷亜ならばためらいもせずに殺してくれるだろう。まさか紅蜘蛛党が潰されるとは思わなかったが、地雷亜にとって名前を始末する立派な動機が生まれただろう。そうマナは考え、無人の事務所で笑みを浮かべた。
一方、地雷亜は横浜の喫茶店で小説を広げて先ほどの会話を脳内で繰り返した。地雷亜はもともと名前を始末するつもりだった。組織の金を持ち逃げされては困る。目の前でアイスティーをすする部下が恐る恐るというように話かけてきた。
「地雷亜さん、どうします?」
「例の小娘はひっかけたからな。また名前の居場所を送ってくるだろう。そこで始末する」
「人数は?」
「全員だ」
そこで地雷亜は後ろの席に腰かけた青年の存在に気が付く。ぴんくのおさげの青年はジンジャエールを注文し、わざとらしく咳払いをする。神威はスマートフォンを弄りながら軽快に話しかけてきた。
「名前と一緒にいた男、誰だかわかる?隻眼と銀髪の日本刀を振り回してた…」
「隻眼の男は恐らく高杉だろう。鬼兵隊っていうテロリスト集団を率いている男だ。銀髪の男は探偵だろう」
「探偵とテロリスト?そんな奴らが名前と行動してるのかい?」
「昔からの馴染みらしい」
「へェ…」
ストローを軽く噛んだ神威は軽い火傷をした腕を撫でた。春雨からは中国に帰って来いとうるさく連絡が来ている。せっかく日本に来たのに手ぶらでは帰れない。その思いは地雷亜にもひしひしと伝わってきている。あの女子高生は戦力外とカウントしたようだが、神威と阿伏兎が本気を出せば歌舞伎町なんて瞬時に破壊されるだろう。チャイニーズマフィアは加減をしらない。
「まだ名前を追うつもりかい?」
「いや、追いかけっこは辞めるつもりだヨ。このままじゃ嫌われそうだ」
「…ほォ」
「正当法で口説こうかな…彼氏とかいないよネ」
「高杉は元彼だそうだ」
「なにその情報。どっから来たのさ」
「妹」
「……信憑性高くてムカつくなァ」
「悪いが俺はあの女を生かしておくつもりはないぜ?」
地雷亜にはメンツがかかっている。やられっぱなしではいられないのだ。神威もそれは承知しているようだ。
「振り込んだ金。回収させてもらうヨ。あの話はなかったことにしてほしい」
「ああ、と言いたいところだが、党の資金は名前が持って行っちまった」
「……」
「本人から取り返すんだな」
地雷亜の前に置かれたカフェオレは空になっていた。お代わりを注文しようとする部下を押しとどめ、文庫本を閉じた。坂田銀時は色々と厄介だが、これ以上は関わってこないだろう。問題は、名前と高杉晋助。プラスで援軍を頼むかもしれないと考えて地雷亜は表情を硬くした。だが、妙案が浮かぶ。マナ本人に始末させればいいのではないか。妹相手では名前も油断するだろう。高杉と名前を分断させる。計画を練り始めた地雷亜の後ろでジンジャエールを飲み干した神威はチーズケーキを注文していた。チーズケーキが来る前に阿伏兎が席に着く。
「遅かったネ」
「お前さんの尻拭いにはなれることはなさそうだ」
「悪かったヨ。でも、ほら俺達有休中だろ?戻ってこいって言われても休暇中だしネ」
「そんな屁理屈が簡単に通るって思ってるのかねェ」
「冗談だヨ。でもほら、俺も名前が仕事場に居れば真面目に仕事するかもよ?」
「さっき火傷が痛いから書類仕事できないって言ってなかったっけ」
「そうだっけ?」
二年前神威の元に潜入した名前。彼女がまず接触したのは阿伏兎だ。順調に神威と知り合い、仲を深めて行った。最後の最後でしくじってしまった名前だけれども、神威は殺し損ねてしまった。今回も派手に逃げられた。逃げられれば逃げられるほど追いたくなる。名前からすれば厄介な性だが、神威は至って真面目だった。