09

阿伏兎の銃弾が神威へと飛ばされた銃弾を弾く。名前は舌打ちをした。神威は傍観を決め込んだらしく、阿伏兎と名前の戦いに手を出そうとはしなかった。先ほど名前が威嚇射撃で放った銃弾が、駐車されていた車のエンジンに直撃し、ガソリンがコンクリートの上へと漏れ出している。合計十二台。十分すぎるほどだ。BMWやベンツ、フェラーリにレクサス…。神威のベンツも漏れなく使い物にならなくされていた。ガソリン独特の匂いが地下駐車場に蔓延していく。高杉の拳銃は弾丸切れになっていた。神威に拳銃を突きつけられた高杉はその匂いを掻き消すように煙草に火をつけた。

「阿伏兎、さっさとしてよ」
「はいはい」

神威の言葉に背を押されるようにして阿伏兎の革靴が地面を蹴った。反射的に引き金を引くが当たることなく、繰り出された足を交わすために身を引いた。距離を取らせないよう続けて回し蹴りを放つ阿伏兎の爪先が名前の前髪を掠め、ついた右手に銃弾が襲う。いつ拳銃を出したのかわからなかった。咄嗟に指を開いた。人差し指と中指の間に着弾痕を見る。手首をスナップさせ、阿伏兎の顎目掛けて名前の蹴りが放たれる。

「甘いな」

左手で右足首を掴まれた名前は、阿伏兎の握る拳銃を奪おうと彼の手に自分の手を重ねるが、勢いよく振り回され、投げられた。背中から止められている車へと突っ込み、背骨が折れそうな衝撃に息を詰まらせた。肺から空気が漏れ出る。その様子をみた神威が失望したように溜息をついた。所詮この程度。溜息を吐いた神威に阿伏兎は振り返った。

「どうします?」
「……予想以上にあっけなかったヨ」

凹んだドア部分に体を埋めるように立っていた名前は足の限界が来たのかずるずると身体を滑らせた。洋服がガソリンを吸い込んでいく。吐き気に襲われた名前はデザートイーグルを握ったままの手で口を押えた。カツカツと阿伏兎の靴音が近づいてくる。名前の視界に阿伏兎の持つ拳銃が写った。

「……ふふっ」
「何がおかしい?」

名前の左手がゆっくりと持ち上がり、阿伏兎の視線が彼女の握る黒い物体に釘漬けになる。指を開かれたことで名前が握っていたそれは床に落下することとなった。からん、と軽い音を立てて落ちたのは阿伏兎の弾倉。名前の唇が弧を描いた。デザートイーグルが阿伏兎の腹に向かって放たれる。撃って撃って撃って。巨体が倒れ込み、動かなくなるのを確認してから近づき、阿伏兎の頭へと愛銃を向けた。高杉の低い笑い声が神威の背後から聞こえ、ついで、撃鉄を起こす音が聞こえた。

「動くな」

神威へと銃を向けた名前は高杉を見た。その視線が「役立たず」と明確に語っている。高杉は肩をすくめてみせた。彼女の背後にあるバンの窓をたたき割り、ロックを解除し、運転席へと乗り込む。名前の手から放たれた銃弾がガソリンの上を滑り、炎の波を神威達に迫った。

高杉は車を走らせ、ビルから数キロ離れた人気のないパーキングに止めた。降りた名前は口を抑え、高杉の視線を阻むように路地裏に走った。追いはしない。彼女が戻ってくるまでにもう一服しようと煙草を取り出す。数分後、死んだような顔色で名前は戻ってきた。その手にはお茶とコーヒー。コーヒーを高杉に渡した名前はタイヤに凭れるかのようにずるずると座り込んだ。

「うえっ……気持ち悪っ……」
「同情するぜ。もう楽になったのか?」
「さっきよりかは、ね……ああダメ……気持ち悪い……」

発信器を飲みこみ不調を訴えていた身体にガソリンのあの匂いは致命的だったようだ。追い打ちをかけるように車にたたきつけられ、乱暴な運転が加わった。
発信器を吐き出したことによって少しは楽になったという名前だが、まだ吐き気がするらしくぐったりとしている。彼女がお茶を一気に飲み干していくのを見ながら高杉は頬についた炭を乱暴に拭った。瞬きでモールス信号を送ってきたときのことを思い出して笑う。遠くからパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。

「立てるか?」
「うん。坂田と連絡を取らなきゃ……」

後部座席に乗り込んだ名前は高杉からスマートフォンを受け取り、銀時へと発信した。高杉がキーをひねりエンジンをかける。横になりながら電話かける彼女の頭を一回だけ撫でた。お互い軽傷しか負っていないことを確認した。

「もしもし……坂田?」


■ ■ ■


車の爆発により崩壊したビルから這い出てきた神威と阿伏兎はお互いの恰好を見て眉をしかめた。阿伏兎のワイシャツは名前によって穴だらけにされている。防弾ジョッキを着ていなかったら今頃血まみれのシャツになっていただろう。とにかく、着替えが必要だ。警察の目をかいくぐるようにして現場から離れ、仲間が待機するアパートへと向かう。インターフォンを押せば出迎えた云業が二人の姿に目を丸くした。

「着替えあるよネ?」
「はい」
「水をくれ」

神威が着替えを所望し、阿伏兎が水を求めた。二人の要求に答えた云業は神威にスーツを渡し、阿伏兎にスポーツドリンクを渡す。神威は着替えを持ったままシャワーを浴びに行った。火照った体の芯を冷ましたいのだろう。水の流れる音を聞きながら阿伏兎はパソコンを広げた。名前は度胸のある女だった。まさか地下駐車場を爆破させるとは思ってもみなかった。

「阿伏兎。女は?」
「逃げられたよ。二人ともな。ビルも崩壊しちゃったし、これ以上隠し通すのは無理だろうなぁ」
「団長が納得するといいが」
「そうさなァ……」

阿伏兎のパソコンには緊急メールが入っていた。あのビルは春雨が所有していたものだ。それを今回無断で神威たちは拝借した。先ほどの騒動でそれが上にバレたらしく、連絡を寄越すよう書いている。しかし阿伏兎は首をひねる。確かに使ったのは神威たちに間違いはないが、どうしてそれを上がもう知っているのか。いくらなんでも情報が早すぎる。シャワーからでてきた上半身裸の神威が阿伏兎の後ろからそのメールを覗き込んだ。

「あの女だヨ。遠回しに『役立たず』って言いたいんだろう」

神威はそのメールを消去した。名前の妹を思い出す。人質に取ったのは神威だ、だが、地雷亜とマナはすでに繋がっていた。すべてを知ったうえで名前を破滅させる計画を立てていたのだ。殺すことは本望ではないが、日本に戻ることはないと告げた。きっとマナは神威たちが名前を逃がしたことを知ったのだろう。それで春雨の方に密告したに違いない。

「姉妹揃って恐ろしい奴らだな」
「姉は殺し屋で妹は情報屋だろ?携帯一つで情報屋名乗れるなんて怖い世の中だネ。まだ無名だけど、あの子将来が楽しみだ」

春雨本部のネットワークをクラッキングした阿伏兎は数分前に送られたメールを開いた。ビンゴだ。ビルの中にいる神威達の写真が添付されたメール。最近の若い女はやることがえげつないと苦笑いを浮かべた。

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