07

パーカーにジーンズ。スマートフォンからイヤホンを伸ばして音楽を聞きながら神威は公園の噴水の近くに立ち、名前を待っていた。
遮るものがほとんどないこの場所では狙撃の危険性はあるものの、リスクは彼女も一緒だ。それに今、神威を攻撃しても名前にいいことは無い。電話してから三十分ほどで西口バスターミナルから名前が向かってきた。昨夜と同じスーツ姿だった。

「待ちくたびれたヨ」
「待ち合わせ時間にはまだ余裕があるはずなんですけどね……」

まるでデートの待ち合わせをしていたかのようなふるまいの神威に名前は顔を険しく歪めた。手と手を繋ぎ、車に乗り込んだ。ホンダのワンボックスカー。車内で簡易な身体検査をされた。

「素直に拳銃は置いてきたみたいだネ」
「ええ」

ボディチェックで名前は丸腰だった。金属探知機が腹部で反応し、甲高い音を鳴らす。神威の視線を受けて名前はワイシャツとキャミソールをめくって見せた。そこにあったのは臍ピアス。

「そのピアス、可愛いネ」
「ありがとう。お望みならば、外しますけど」
「そのままでいいヨ」

神威の隣に腰かけた名前は自分たちの他に運転手の一人しか車内にいないことに驚いた。不用心すぎる。名前は以前神威の命を狙った人間だ。その思考が手に取るようにわかったのか、神威は名前の太ももに手を置いた。

「なんでしょう?」
「俺がやろうと思えばきみの太腿骨なんか簡単に折れるんだ」
「私がやろうと思えばあなたの頸椎なんか簡単に折れますけどね」

神威の目が好戦的に煌めいた。手をどけた彼は腕組みをして機嫌よさそうに鼻歌を歌う。フルスモークの窓ではこちらから外も見えづらい。調子の悪い胃を軽く抑えながら名前は神威を横目で眺めることにした。きめ細やかな肌と青い大きな瞳。相変わらず文句なしの美青年だ。ラフな服装が鍛えられた身体を自然に強調していた。

「見惚れてる?」
「まさか」
「なんだ、熱烈な視線だったのに」

にこっと笑う神威。すぐに車は止まった。建設途中の工事現場。車から降りた名前は神威の後について階段を上った。入るように促された彼女は部屋に机とソファーを置いてあるのを見て、このビルの完成予定日時が気になった。きっと半永久的に完成することはないのだろう。神威の正面に座る。置かれた炭酸水には手を付けなかった。

「俺達と地雷亜の関係が気になる?」
「ええ」
「地雷亜から個人的に連絡があったんだヨ。確か、二日前かな。名字名前を知っているか?って。ご丁寧にも写真つきでネ」

神威は財布から一枚の写真を取り出して机の上に放った。名前の写真だ。眉をしかめる。いつ撮られたのか、服を身に着けていない名前の写真だった。悪趣味にもほどがある。神威を睨み、目の前で写真を破り捨てた。

「翌日に来日とはずいぶんフットワークが軽いことで……その位普段も仕事熱心にしたら阿伏兎さんも喜ぶんじゃないですか?」
「俺はいつでも仕事熱心だヨ。名前は生きている、欲しければ今すぐにその身柄を売るって言われたら、来るしかないだろう?」
「……」
「ひとつ俺から情報提供だ。あんたが公安に密告したことを地雷亜は一昨日知った。誰からの入れ知恵だろうネ?」

ケラケラと神威は笑う。炭酸水を一口飲んだ神威は値踏みするかのように名前を眺めた。彼女の体にかけられた金は一億七千万。人間一人の値段では高いのか、安いのか。だが神威はその条件を飲んだ。

「で、私を殺す気?」
「いや……君に頼みたい仕事があって」

名前は神威の言葉の意味がうまくわからなかった。表情を消す名前に神威は一層笑う。日本の殺し屋だという名前。神威を殺そうとして返り討ちに会ったのに未だ彼女はぴんぴんしている。実力も認めよう。部下として使うのもいいかもしれないが、地雷亜のように簡単に裏切られるだろう。だが、使い道はある。神威の思惑を察した名前は臍を噛んだ。

「妹にあわせて」
「いいヨ。その代わり、大人しく俺と中国まで来てもらうよ?」
「……」

そっぽを向いた名前は子供のようだった。どうせ名前に拒否権はない。本当に一人で来たようだし。神威は立ち上がり、彼女についてくるよう言った。
立ち上がる名前は部屋から出て、今度は地下に向かう階段を下りる。本来ならば駐車場となるのだろう。痛む胃を再び抑えた。神威のおさげを見ながら視界の端で人数を把握する。個人的に、と神威は言っていた。つまり、春雨自体は関わっていないのだろう。扉が閉まる前にポケットに入れていたマスコットを落とした。それは上手くドアの間に挟まり隙間を作る。

「阿伏兎。連れてきたヨ」

振り返った阿伏兎は神威と、その後ろに立つ名前を見て渋い顔をした。同情を含んだ眼差しだ。名前は険しい顔をして阿伏兎の後ろにいる妹に駆け寄ろうとする。椅子に括りつけられたマナの眼には目隠しがされ、耳には耳栓まで嵌められていた。

「何も言ってないから安心してくれ……俺も関係ない御嬢さん巻き込むのは本意じゃねーしな」

阿伏兎なりの気遣いなのだろう。自分の事もマナはまだ知らないと知って安心した。すぐにでも妹を解放してあげたいが、名前の腕を神威が掴んでいることによってこれ以上近づけない。振りほどこうとする名前に一層の力を入れた神威はにこっと笑ってナイフを名前の首に向けた。背後のドアから黒光りする銃口が神威に向けられている。口元を歪ませて笑う名前に阿伏兎は警戒心を高めた。だから阿伏兎は気が付けなかった。音もなく、自分の後ろの天井の一部が外れたことに。

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