05

眠っていた名前と高杉の目を覚まさせたのはアラームではなく電話の着信音だった。ハイテンションな着メロが車内に響き渡る。寝起きの悪い高杉は音から遠ざかるように狭い車内で寝返りを打った。名前はスマートフォンを手に取り、耳に当てる。

「もしもし……」
「名前か?!」
「坂田?なにかあった?」

切羽詰まったような銀時の声に名前は怠い体を起こした。もしかして昨夜のとばっちりが万事屋にも及んだのではないかという不安が頭をよぎる。今回の為に、なるべく人付き合いを避けてきたというのに。嫌な想像が膨らむ名前は鞄の中からお茶を取り出し、一口飲んだ。

「マナの高校から連絡があって、今日高校に行ってないらしいんだよ」
「……え?それだけ?」
「万事屋にも泊まってねーし、家に電話かけてもでねーし。連絡なかったことねェから……」
「わかった……お願い、探してくれる?」
「あぁ。念のため連絡しただけだ。きっと寝坊しただけだと思うがな……」
「そっか…」

銀時の話によると万事屋に泊まらない時は必ず連絡を入れていたらしい。それに高校も休んだことが無かったとか。真面目な妹のことだ。心配になるのも仕方がない。名前も胸騒ぎを覚えていた。ようやく体を起こした高杉が低く呻く。寝癖のついた髪を撫でた名前の指先に軽く口づけを落とした。

「銀時からか?」
「そう……妹が昨日の夜から連絡がつかないって」
「……」
「いや、今の私と妹の関係を知っているのは極一部の人しかいないはずだから」
「だといいがな」
「私、海外出張ってことになっているから妹から漏れることもないだろうし」

商社に勤める姉の高校の時からの友人である坂田の家に預けられているマナ。実際、二年前に連絡を絶つまでその姉像を演じてきた。坂田は共犯者だ。名前が十八の時、マナが十一の時に両親を亡くしてから妹は祖母の家に預けられていた。高校卒業と同時に高杉の家に転がり込んだ名前がアウトローの世界に身を漬けて、もう七年。祖母が死んでからは名前の立場上一緒に暮らすことなんてできずに坂田に預けていた。

「お前の唯一の肉親と知ったら何されるかわからねーもんな」
「……」
「戸籍は?」
「弄ってある。調べただけじゃ出ないはず……地雷亜も知らないはずだし……」

地雷亜や紅蜘蛛党の連中が知るわけもない。周囲の人物には常に細心の注意を払って接してきた。不安要素を潰すように名前は一つ一つ確認していく。表情を曇らす名前に高杉は一息ついた。

「銀時のとこに居ないなら、自宅じゃねーの?」
「電話入れてくれたらしいんだけど出ないの」
「合鍵は?」
「無い。指紋と網膜で認証するセキュリティマンションだもの。部屋には私とマナしか入れないわ」
「……見に行くか?」

逡巡する名前だったが、高杉が車のエンジンを吹かせたところで決めたらしく、「行く」と答えた。住所をカーナビに打ち込む。シートベルトを締める前に乱れきった服を直した。高杉は胸元のボタンを開けっ放しの状態でハンドルを握っている。シートベルトも閉めていない。赤信号で止まってやっとボタンを閉めはじめた。大きく欠伸をした名前はミント味のガムを噛んで眠気を追い払う。口を開けた高杉にも一枚とって食べさせた。カーナビの音声が警察の速度調査をしていることを告げる。その道を避けていくことになった。

「……罠ってことも考えられるわよね」
「ああ」
「私一人で行くわ。高杉はマンションの下で待っててくれない?」
「何のための護衛だよ」
「……じゃあ、一緒に来てください」

マンションの構図を話し始める名前。非常口の位置と隠し扉がどうのこうの。三十階建てマンションの七階に名前と妹の部屋があるらしい。
マンションの地下駐車場入り口に車を止めて、正々堂々とエントランスを通過。エレベータに乗り、七階へ。部屋の前まで来て、異常がないか確認した。インターフォンを押すか押さないか迷い、結局押さないことにした。カードキーをスラッシュさせたあと、網膜と指紋認証を行う。ロックが外れる音がした。ゆっくりドアを開ける。人の気配はなかった。

「……靴もないわね」

靴を脱いで家の中に足を踏み入れる。約二年半ぶりの我が家だ。足音を殺して一つ一つ部屋を見ていく。妹の部屋には誰も居ない。名前の部屋にも誰もいない。バスルームにも洗面所にも物置と化している空き部屋にも居ない。リビングへの扉の取っ手に手をかけて、部屋に足を踏み入れた。

「名前!」

後ろをついてきていた高杉が声を荒げ、拳銃を抜いたのが視界の端に映った。リビングに入った瞬間、何者かがこめかみに銃を当ててきたのだ。反射的に頭を下げて体をよじり、左手で銃を持った右手首を掴み、同時に右足を引いた。銃口を外に向ける。そのまま男の右手を引き寄せて右肘撃ちを顔面に炸裂させようとした。男の左手が上がるのを見て肘を左腕関節に打ち付け、腹部に右ひざを打ち込んだ。距離を置くと名前と襲撃者の間に拳銃を構えた高杉が身を割り込ませた。

「……なんだ銀時か」
「えっ」

高杉の言葉に慌てて名前は蹲る人影をよく見た。くるくるとした銀髪。間違いない。銀時だ。恨めし気に名前を見る視線を受けて彼女は苦笑いをする。
きっと銀時はすぐに名前だと気が付いたのだろう。でなければこんなあっさり倒れるわけがない。高杉が手を差し伸べて銀時を立たせた。

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