12

神威がしかめっ面で先に店の外に出ていた名前の元に帰ってきた。乱暴に扉を開けて外へと出ていく。神威の後を追った名前は彼が酷くイラついているのを見て嫌煙した。ニコニコと笑ってはいるが、纏う雰囲気が穏やかではない。

「あのクソ女絶対今度会ったら殺してやる」
「……なにがあったんですか」
「紅花が阿伏兎からの伝言の紙燃やしやがった」

灰皿の上に置いてあった紙に紅花は煙草を押し付けたのだ。そこに書かれていたのは阿伏兎の連絡先。女を舐めると痛い目にあうということを身を以て体感した。とりあえず阿伏兎が生きていることと第七師団の生き残りを集めていることが知れただけよしとしよう。機嫌を取ろうとは思わなかった名前は神威から少し距離を置くことを選んだ。

「名前はここで待っててネ」

今度は名前が店の入り口に残された。神威は雑貨屋に入っていく。カウンターで新聞を読む店主は神威の姿をみて新聞を畳んだ。

「日本に来てたのか」
「ちょっと用事があってネ。傘売ってもらえる?」
「16000元」
「紅花にツケといて」
「寄りを戻したのかい?」
「さぁね」

禿げあがった頭を撫でた店主はにやりと笑いながら神威を見た。笑顔を崩さない神威は受け取った番傘をその場で開く。目視でチェックしたあとカウンターから離れた。自動ドアが開く音に名前が振り返る。神威の手にある傘に疑問符を浮かべた。

「何に使うんですか?」
「俺の武器だヨ」
「……」
「さて、車は別の場所でかっぱらおう」

メトロポリタン口に来た神威は駐車場に止められた車をひとつひとつチェックしていく。さすがに駅前で盗難事件を起こすわけにはいかないので、閑静な住宅街に足を踏み入れていた。神威と居ると自分が本当に犯罪者なのだと実感する。名前が飲み終わった缶ジュースを捨てようとすると、その手を止め、神威は缶をとり上げた。自分の飲み終わった缶と名前の缶に穴を開けて紐でつなぐ。

「何してるんですか?」
「いいからいいから」

二時間制のパーキング。残り時間を調べた神威は黒いの車の後ろに先ほどの缶付きの紐を括り付けた。名前と息を潜めて、車の持ち主を待った。来たのは一人の男性。清算し、鍵を差せて車を少し走らせたときにカンカンカンと甲高い音が車の後ろからするのが聞こえた。車を止め、運転席から降りた彼はナンバーの部分におかしなものが取り付けてあるのを発見した。子供のいたずらだろうか。しゃがんで缶を外し、立ち上がった瞬間、彼の脳天に神威の踵落としが走る。

「手慣れてますね」
「まあね」
「行先は横浜で大丈夫ですか?」
「うん」

開けっ放しだった運転席に名前が乗り込み、助手席を開けると男に踵落としを炸裂させた神威が滑り込んでくる。駅に向かわず数キロ走らせたあと、神威はナンバーに細工をした。幸い工具箱がトランクに入っていた。番号をめちゃくちゃに並び替えた。ちなみに監視カメラはあらかじめ壊してある。

「いい感じの倉庫があればいいんだけど…」
「計画どおりに行きますかね?」
「行ってくれなきゃ困るのは君だろ?」
「そうですね。まあ、運と晋助次第ですけど……」

横浜港は東京湾の北西側にある。神威と名前は話合って大黒埠頭に場所を定めた。横浜のチャイナタウンでも阿伏兎の情報はあまりない。神威は知り合いに伝言を頼み名前と適当なホテルに身を潜めることにした。ビジネスホテルの固いベッドに横になった名前はすぐ寝息を立てた。疲れているのだろう。神威も少し眠り、目が覚めてからルームサービスで軽食を取った。食べ終わっても名前は目を覚まさなかった。適当にテレビをつける。それも飽きてしまった。名前から渡されたプリペイド携帯を開いては閉じ。

「……名前、時間だヨ」

名前を起こしたのは二十二時だった。起きた名前は時計を見て愕然とする。思いのほか熟睡していたようだ。シャワーを浴びて着替えた名前。神威は高杉に電話を掛けた。彼の電話番号は名前が覚えている。

「もしもし?」
「……」
「大黒埠頭の赤い倉庫前で待ってるヨ。なるべく早く来てネ」

高杉は何も言わなかった。神威は電話を切り、名前とともに部屋を出る。車を走らせ大黒埠頭に付いたのは二十二時半だった。赤い倉庫の南京錠を壊し、扉を解放する。携帯のカメラを使って赤外線を発するものがないか確認した。

「さて、どうなるかな……」

緊張する名前の肩を抱き、神威は倉庫にあった木の箱に腰かけた。高杉一人で来るよう告げたが、本当に一人でくるだろうか。沈黙が続く。耳を澄ますと海の潮騒が聞こえるような気がした。安全装置を外した拳銃を、また愛しい彼に向けることになるのだろうか。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -