港に来た名前と阿伏兎は海に浮かぶ二艘の船をヘッドギア付きの暗視スコープを使って眺めていた。百メートル先までクリアに見えるうえ、熱線映像装置まで付いている優れもの。赤外線を可視化する熱線映像装置のお陰でどこに人が配置されているか一目でわかる。
「神威さんは小さい方の船に居るみたいです」
「あっちの船だな。さて……どうするかねェ」
「二手に分かれます?」
「そうするか……いや、お前さんじゃないと船の中を動き回れねェだろう。派手に陽動もできねェし……」
猿飛は一流の殺し屋だ。船の見取り図まで書いてくれてある。名前はダクトの中を移動して目的地に向かうつもりだが、阿伏兎の体格ではそれは不可能だ。陽動として暴れてもらってもいいが、神威のいる場所の警護が強くなったら困る。結果、名前が一人で船に忍び込み、合図をしたら阿伏兎が正面から乗り込んでくることになった。ピンチに陥ったら阿伏兎が強行突破で名前と神威を奪取する算段。
「じゃあ、行ってきます」
「おう」
船に近寄り、見張りをスタンガンで気絶させた名前は階段を上り船内への侵入を果たした。しかし排気口が思ったより高い位置に会った。特殊訓練は受けていない名前にはハードルが高い。予定を変更し、堂々と船内を歩くことにした。意外と気が付かれないもの。地下に続く階段を下りた名前は壁に埋め込まれるようにドアがあるのを見つけた。その隣には暗証番号を入力するためのパネル。網膜認証も必要なようだ。さて、どうするか。階段を下りてくる足音に慌てた名前は拳銃を構え、隠れる場所を探した。
「It is totally troublesome work」
「Oh, really There is not the meaning that a watch puts because it is not escaped from the jail anyway」
「He want to keep even a form. There is few more it until the time for change. Then, our work easy」
そんな二人の前に名前が落ちてきた。彼らの頭上に設置されていた太いパイプにしがみついていたのだ。突然の事態に目を開く二人に向かって催涙スプレーをかける。怯んだところで手前にいた男にスタンガンを当てて気絶させた。目から涙を流し、鼻水を啜り、激しく咳き込む。そんな男の右手に一発銃弾を撃ち込んだ。
「Input a personal identification number.」
暗証番号を入力しろと告げた。仲間を呼ぶような不穏な動きに注意を配りつつ拳銃を向けて威嚇をする。催眠スプレーの効果に苦しむ彼はそれでも首を横に振り、従う気はないことを示した。名前はスタンガンを当てた男の方に銃口を向けた。
「He is killed. In a hurry」
「I do not know a number. It believes.」
「Who knows it?」
「my boss.」
暗証番号を知らないという男は勾狼なら知っていると言った。気絶している男の足に向かって発砲したが、彼は「番号は知らない、本当だ!ボスしか知らない」と繰り返す。どうやら本当らしい。その男にもスタンガンを食らわせた名前は勾狼が居そうな場所を頭の中の地図で探した。ここからの距離と道を考える。勢いよく階段を駆け上がった名前は人の気配のしない部屋に身を潜めた。そこには洗濯機が並んでいる。洗濯機を足場にしてメッシュの金網を外し、ダクトの中に入り込んだ。持ち込んでいたナイフでダクトに穴を開け、天井裏の隙間を確かめた。通れそうだ。天井裏を這い、名前が目的の部屋につくまで五分もかからなかった。天井にドライバーで小さな穴を開け、部屋の中の様子を窺う。ターゲットと女。拳銃を構えた名前は女の真上に移動し、再び穴を開けた。今度は少し大きめに。
「……」
窓に寄りかかる女の脳天に穴が開いた。彼女の身体が床に叩き付けられる前に名前がダクトから船の外に出て、今度は開けっ放しの窓から身を滑らす。ワインを片手に持った勾狼にシグを突き付けた。暗視スコープを片手で外した名前の顔を見た勾狼は、昨日神威と一緒にいた人間だとすぐに分かった。
「……お前」
「そういえば片目アイパッチでしたね。残った目まで抉り出されたくなかったら私と一緒に地下まで来ていただけませんか?」
これからお楽しみだったのだろう。勾狼は丸腰だった。油断しすぎだ。床に倒れる女と名前を見比べ、彼は静かにグラスを置いた。
「目的は神威か」
「はい」
「……そうかぃ。負ける博打を打つほどアホじゃねーよ俺は。今回はあんたに一本取られたようだ」
手を上げた彼は名前に背中を向ける。勾狼の腕に手を通した名前はシグを服の中に隠したが、代わりにスタンガンを押し付けながら歩いた。動揺を顔に出さない勾狼。通り過ぎる彼に部下たちは軽く頭を下げ、名前に不思議そうな顔を向けた。全長五十メートル幅三十メートルの船に船員は百名ほどだろう。
「どーも」
暗証番号をパネルに打ち込み、網膜認証をした勾狼は名前に背中を押されて神威の居る牢の前まで歩いた。二人の姿を見て神威は笑い転げそうになる。牢の鍵を開け、神威の拘束を外した牢から出た神威は名前に何も言わなかった。
油断した隙を逃がすわけもない勾狼は非常ベルのスイッチに手を叩きつけた。名前が発砲するも当たらず。仕方なく逃げることを選んだ。
「神威さん戦えますか」
「ああ」
名前がシグを神威に渡し、受け取った彼は一分前まで拘束されていたとは思えない敏捷さで騒ぎを聞きつけた船員を殴り飛ばしていった。
「名前」
「船が動いてる……?!」
神威を逃がすまいと動き出す船に名前は動揺した。甲板に出られたはいいもの陸地からは遠ざかっている。
神威に腕を引かれた名前は耳元に銃弾が掠める音よりも、迫る水面に恐怖を感じた。