06

万斉が予約したホテルで応急処置を終えた高杉は軽い夕食をとって着替えてから自宅に帰った。泊まっていけばよいではないか、と万斉は言ったが、どうしても家に帰りたかった。終電の時刻は先ほど過ぎた。
タクシーを呼び、マンションのエントランスで郵便物を確認し、名前がまだ帰ってきていないことを確認して安堵の息を吐いた。彼女が東京にいるわけがない。サークルの合宿で軽井沢にいるはずだから。鍵を開け、真っ暗な部屋の明かりをつけた。神経が敏感になっているのがわかる。

「……」

ダブルベッドに倒れ込んだ高杉は楽な恰好に着替えようとスーツを脱ぎだす。上半身裸になった時、微かに廊下から音がした。動きを止め、耳を澄ますが何も聞こえない。鞄の中からグロック26を取り出す。先ほど女を撃ったので残り9発。息を殺した高杉はしばらく様子を窺っていた。そっと肩の力を抜き、ふとスマートフォンを手に取って名前に電話をかけてみた。そして廊下を窺う。僅かに気配が揺れたような気がしたのだ。音声を上げたことで発信中の音が静かなベッドルームに鳴り響く。

「こちら留守番サービスです。おかけになった……」

留守番話のメッセージ音が立ち上がった時のスプリングをかき消す。立ち上がった高杉はグロックを片手に扉へとにじり寄った。

「発信音のあとメッセージをお話ください」

発信音が途切れたと同時に廊下に銃口を向けた。高杉の左側頭部に銃口が当てられる。カチリ、とハンマーが引かれる音を耳で感じた。反射的に両手を上げ、グロック26の銃口を下に向けた。

「動かないで……」

その声に高杉は目を閉じた。予想はしていた。彼女の声を間違えるわけがない。目を開け、手を上げたまま体をひねり、銃口を眉間に持ってくる。破れたストッキングに黒のスーツ。怪我の手当はしていないのだろう。血が床に滴っていた。

「よォ……名前」
「やっぱり、晋助だったのね」

屋上でお互いの姿を見ていた。暗闇のなか、もしかしたら、いや、そんなはずはないという葛藤を抱えていた。名前は確かめようと思ったのだ。幸いにも源外特製の防弾チョッキのお陰で気絶するだけで済んだ名前は、意識が戻るなり違法駐車してあったバイクを無断拝借し、アパートまで飛ばした。高杉が帰ってくるまで息を潜めていたのだ。外見上どこも怪我をしているようには見えない高杉に安堵の息を吐いた名前だったが、服を身につけていない上半身と左腕にまかれた包帯を見てしまい、察した。二時間前、ビルの屋上で名前を撃ったのは高杉だと。

「私だって気づいてて、撃った?」
「確証はなかったがな……似ているとは思ったよ」
「銃を捨てて」

眉間に当てていた銃口を左眼球の上に移動させる。高杉は大人しく銃を床に置いた。安全装置がかかっているのを確認した名前はグロックを蹴り飛ばす。さて、どうするか。

「どうしたんだ?殺さねェのか?」
「黙って」
「お前に俺が殺せるのか?」
「黙れ!」

高杉の挑発に乗ってはいけない。大きく息を吸い、吐いた。名前はトリガーに指を掛けた。高杉は麻薬を毛嫌いしている。同居人がバイヤーだとしってさぞ軽蔑しただろう。実際、今名前を見つめる高杉の目に愛情はひとかけらもない。

「ごめんなさい……」

名前が人差し指に力をこめた瞬間、高杉の右手が内側から拳銃を振り払うような動作をした。弾かれたグロックは名前の手を離れ、高杉の手のなかに収まった。
丸腰になった名前は距離を取ろうと後方に跳ねたが高杉の蹴りが負傷していた左足に直撃し、痛みに動きが鈍った。壁に体を叩きつけられるのを阻止し、高杉の左腕、包帯が巻かれている部分に頭突きを食らわせて押し倒した。勢いで名前の部屋の扉が開く。二人して倒れ込んだ。入口近くに置いてあったトランクが派手な音を立てて倒れ、中身が飛び出た。マウントを取った高杉が名前の後頭部に銃口を突き付け、転がるピルケースを忌々しく睨む。

「純度百パーのエクスタシーねェ…」
「離してってば!」

リビングダイニングキッチンバストイレの他に名前の部屋、高杉の部屋、寝室があった。二人が同棲していてもお互いのことに気が付けなかったのはこのためだ。うつぶせになった名前を抑え込んだ高杉はピルケースに入ったエクスタシーを二錠ほど手に取る。名前のベッドのわきのテーブルの上に飲みかけのペットボトルがあるのを見つけた高杉は片手両足で彼女の身体を抑えつけながらそれに手を伸ばした。髪を引っ張り上げ、キャップを外したペットボトルをのけぞった名前の口に突っ込み、ついでにエクスタシーの錠剤も口内に放り込む。

「即効性とは有り難いこって……なァ名前?お前ならドラッグセックスの恐ろしさ知ってるだろう?」

しばらく暴れていた名前だったが、眩暈を感じ大人しくなった。首の後ろの血管が熱く膨張するように感じるのに、後頭部は冷や水を浴びせられたような感覚がする。ぐったりと大人しくなった名前を抱えて高杉は寝室に向かった。ラブドラックと名高いエクスタシーだ。涙を流す名前に口づけて、最後の夜を迎えようと唇を歪めた。どうせこうなる運命だったのだ。

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