05

勾狼が懐からリボルバーを取り出すと神威は阿伏兎と名前に階下へ行くよう指示した。大丈夫かと阿伏兎を振り向くと、小さく頷きが帰ってきた。曰く、勾狼は前々から戦いたかった相手らしい。
阿伏兎の後ろ続いて五階に降りる。先ほど何発か打ったマーベリックの残り弾丸数を確認し終わった名前は再びそれを背負い、グロックを手にした。階段を下り、踊り場を右手方向に進むと廊下の突き当たりに0505室がある。その部屋のベランダから隣のビルの屋上に飛び降りるらしい。建物の外に出てしまえば銃撃戦になることは無いだろう。このホテル全体に防音壁が使われていると聞いて名前は驚いた。だからこそ、このような銃撃戦が展開できるのだろう。

「窓も防音だからな。鍵が開かなかったら壊しちまえ」
「了解です」

五階の踊り場に立つ数人に向かって阿伏兎はライターを投げた。気を取られた隙に名前と阿伏兎が身を乗り出して応戦する。一人の男の首根っこを掴んだ阿伏兎が彼を盾にするようにして制圧していく。その影で援護しながら弾倉を入れ替えた名前は右方面に人影が無いのを確認して走り出した。時間が惜しい。0505の部屋番号。ドアノブに向けてショットガンを撃つ。扉を蹴るとあっけなく開いた。

「阿伏兎さん!」

名前の鋭い声を聴いた阿伏兎は人質を持ったまま後退していく。ドアまで残り二メートルほどで男を投げ捨て部屋に駆け込み、扉を閉めた。名前がトランクと格闘している。彼女の手からトランクを取り、ベランダから隣のビルに投げ込んだ。少し距離があるが、大丈夫だろう。

「飛べ」
「まじでか……」

ためらう名前だが、扉の奥から激しい銃弾の音が聞こたことに背を押されるようにしてベランダの手すりに足をかけ、飛んだ。バランスよく着地できるわけもなく転がる。慌てて立ち上がって今までいたビルを見ると阿伏兎の背中が見えた。手を振っている。

「逃げないの?!」
「馬鹿団長を放っておくわけにはいかないんでね。上司の尻拭いは部下の務めだ。あんたはさっさと逃げな」

その言葉に唇をかみしめたが、どうしようもない。名前は屋上から降りるために階段を探した。貯水タンクの近くに扉がある。きっとあれが屋上に上るための階段だろう。スポーツバックのなかにマーベリックをしまい、グロックを手に取った。トランクを片手で引くとガラガラと音がする。万が一を考えてトランクの指紋を拭った。名前が水道タンクに近づいたとき、彼女の目に銃口が見えた。咄嗟に走りだし、死角となる場所を探す。

「……」

貯水タンクを挟んでの攻防戦だ。足音を立ててしまわぬよう名前はパンプスを脱いだ。スポーツバッグも下ろし、トランクを勢いよく端へと滑らせる。それに反応したのか相手が一発発砲した。シュッと音がする。サイレンサーを取り付けた名前もいつでも打てるよう構えながら少しずつ場所を移動し、相手の位置を探る。名前は殺しのプロではない。だから勝とうなんて思わない。逃げられればいいのだ。最悪、トランクはここから落としてしまおう。あとで回収すればいい。そう判断した名前はトランクの方へ移動していった。二つある貯水タンクの隙間から相手の様子を窺う。

「……くそっ」

その人物は貯水タンクの上にいた。敵は一人じゃなかったのだ。名前の脇腹を掠めた銃弾がコンクリートに穴を開ける。飛んできた方向に顔を上げた名前は自分の目に映った光景が信じられなかった。左足に着弾。反射的に撃った名前の鉛玉はタンクの上に立つ男の左腕に当たった。代わりに男が撃った二発目の銃弾は名前の胸部ど真ん中に着弾する。息がつまり、衝撃が心臓に達した名前は足をもつれさせ、トランクごと倒れ込むことになった。意識が飛ぶ前、落下しているような感覚がしていた。

「……来島、終わったぞ」
「はい、晋助様!あっちのビルも片付いたみたいッス」
「そうか……」
「どうかされました?って怪我してるじゃないっスか!!!」
「いや、大したことはない……戻るぞ」

転がるパンプスを一瞥し、貯水タンクから降りた高杉は来島を連れてビルを下りて行った。ホテルの前で一服するとすぐ傍に黒塗りのベンツが止まった。ウィンドウが降り、阿呆が顔を覗かせる。

「高杉殿。お見事だった。阿伏兎と女には逃げられたが神威はこっちの手のなかだ」
「女は俺が始末した。死体はそこの路地裏にでも落ちてるはずだ」
「おお!それはありがたい。あとで死体処理の物を遣わそう。これで忌々しい第七師団も終わりだ」

嬉しそうに笑う阿呆と対照に高杉は無表情だった。懸念を振り払うように煙を吐き出す。先ほど殺した女の死体を確認しようとは思わなかった。ビルの中から怪我人と死者が運ばれるのを眺める。十分ほどすると全身を拘束された神威がビルから引きずられて出てきた。素人一人を含んだ三人相手に三十人近くが犠牲になった。自分の手勢にはさほどの被害はないからいいものの、勝ちか負けかと問えば、負けだろう。不意打ちでこれだ。三本目の煙草に火をつけた高杉に阿呆は話しかける。

「高杉殿。どうかね、このあと一杯でも……?」
「悪いが遠慮させてもらう。また何かあったら呼んでくれ」

万斉が手配した車に乗り込んだ高杉はホテルを振りかえることなく車を発車させた。白いワイシャツに血がにじんでいるのを見て舌打ちをする。救急の血止めの処置をし、車に備えてある痛み止めを水で流し込んだ。

「万斉」
「なんでござるか?」
「近々旗揚げだ……」
「ほう。楽しみでござるな」

右寄りの危険集団。水面下で動くのはもう終わりだ。国家転覆に向けて動き出すと明言した高杉に万斉はアクセルを踏み込んだ。春雨に利用されるのは終わりだ。


■ ■ ■


路地裏でごみを漁っていたホームレスは頭上から降ってきた女に度肝を抜かれた。リアカーを引いて移動している彼の布団の上に女は降ってきたのだ。瓶底眼鏡を押し上げて声を無くす。近づくと彼女の黒いワイシャツに血が沁み込むのが見えた。

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