02

設定したアラームが鳴り、むくりと身を起こした名前は顔を洗うために洗面所にいた。銀時を起こすつもりはない。さっぱりしたところでトランクを持ち上げ万事屋を後にした。向かう先は六本木にある昨夜のホテルである。

ホテルに着いた名前がベッドの上に身を投げ、睡眠をとろうと目を閉じた時、黒いスマートフォンがメールを受信した。目を閉じたままメールを開き、中身を一読した。出会い系サイトからのメールだった。夜まで時間はたっぷりある。こんな時間に起きているとは思えないが、高杉の声が聞きたくなった。部屋に備え付けてあるテレビを国営放送にあわせ、心なしか音量を上げた。

「もしもし?」
「あぁ名前か……そっちはどうだ?」
「楽しいよ。みんな起きないから今、一人でテレビ見てた」
「はしゃぎ過ぎて体調崩すなよ。明日は何時に帰ってくるんだ?」
「昼直ぎかな。夕飯は家で食べると思う。たぶん……晋助は何か用事あるの?」
「ゼミの飲み会」
「わかった。じゃあ切るね。また帰るとき連絡するね」

電話を切り、寝返りを打つ。何となく安心したが、一方で罪悪感も持った。足を洗えと銀時は会うたびに言うが、もう引き返せないところまで来てしまっているようだ。銀時は名前をただの売人だと思っているが、少し違う。名前は暴力団の干渉が及ばないギリギリのラインで薬を売っているバイヤーだ。仕入れ先が特殊だったため今までは黙殺されていたが、今日の夜に会う者達はいわば、海外の暴力団のようなもの。国内で暴力団同士が均衡を保っているため治安がいい日本だが、そのぶん新参者が介入することは難しい。そこで抜擢されたのが名前なのだろう。様々な事情もあって断ることはできなかった。


■ ■ ■


神威は阿伏兎と共に高級ホテルの一室で暇を弄んでいた。食事は先ほど済ませてあるからしたいと思うことが無い。

世界最大の犯罪シンジケート『春雨』。非合法薬物が主な収入源であるこの組織の幹部である神威は日本での取引の為に新宿まで足を伸ばしていた。薬物取引なんぞ、本来なら下っ端に任せる仕事だが、今回は薬の他に日本の犯罪組織を壊滅させるという任務もある。春雨と手を組んでいた組織だが、用済みになったらしい。阿伏兎が神威に渡した書類は開かれることなく、グリップに挟まれた書類の最初に留められた写真ばかり神威は眺めていた。隠し撮りされたものらしく名前はあらぬ方向に視線を投げていた。

「ねェ阿伏兎。この女って本当に鳳仙の娘なの?」
「あぁ。間違いなく鳳仙の娘だ。母親は日本人だがな。頼むから資料の中身にも目を通してくれよ」
「母親似かな、この子。でもこれだけの薬、彼女一人で捌けるの?」
「その心配はなさそうだ。旦那が残した膨大な薬を今まで一人で捌いてきてるしな」

春雨が取引相手に指名したのはまだ若い女一人だった。取引の人数は少なければ少ないほどいいが、どこの組織にも属していない女一人とは少々ふがいない。だが、彼女は鳳仙の娘であるという。謎が多い。ベッドの淵に腰を掛け、足をぶらぶらと振る神威も疑問を抱いたようで名前の資料に目を通し始めていた。阿伏兎はそんな上司と同じようにコーヒを啜りながら拳銃の手入れをしていた。もしもこの場にベッドメイキングが来たら腰を抜かすことだろう。

「ベレッタM84二丁か……14発?」
「あぁ、あとシグSG552も二丁。今回の取引はこれだけあれば充分だろ」

麻薬取引の相手はフリーの女一人。情報が漏れている様子もない。他の武器は対鬼兵隊用にとっておき、今回の取引にはハンドガンとアサトライフル一丁ずつで十分だろう。消音器も鞄に詰め込む。名前の資料から手を離した神威はジャックナイフを手にとって弄んでいた。

「鳳仙の娘と取引した一時間後に鬼兵隊とドンパチだなんて随分急なスケジュールだと思わない?せっかく彼女に興味がでてきたのに」
「文句ならアホ提督に言ってくれ。片付いたらすぐにこの国を出るからな。寄り道してる暇はねェぞ」
「えー観光したかったのに」
「お前さん一応国際手配されてるからな。それは俺のいない時にやってくれ」
「はいはい」

阿伏兎の携帯に部下からの定期連絡が入った。名前と取引するのは神威と阿伏兎だけ。あとの部下は対鬼兵隊に備えて準備をしている。テロリスト集団だがなんだが知らないが哀れな奴ら。水面下で今まで器用に息を潜めていたその腕は認める。しかし、所詮は日本のチンピラ。神威にかかれば数分で終わる。

「船がついたみたいだぞ」
「あり?港でやるんだっけ?」
「薬はホテルで始末は港だ。ちゃんと資料を読んでくれよ頼むから……」

けらけらと笑った神威は名前の資料の下にあった鬼兵隊の資料に手を伸ばした。写真を軽く眺め、紙をめくる。構成人数。経歴。大きなあくびをした神威は読み途中の資料を放り投げてベッドにもぐりこんだ。

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