01

覚せい剤の主成分はフェニルメチルアミノプロパン。精製された粉末を大き目のスプーンの上に乗せ、僅かなミネラルウォーターに溶かす器用な者もいれば、粉末を燻し鼻から吸引する者もいる。六本木にあるクラブでの一仕事を終えた女は店を出て数分のホテルで身を休めていた。今日売ったのは、覚せい剤のみ。明後日になれば純エクスタシーが手に入る。名前は大きなサングラスを外し、金髪の鬘も外した。ハンドバックの中からスマートフォンを取り出し、彼氏からのメールに返信する。シャワーを浴びてスッキリしたところで彼女はホテルを後にした。六本木駅から大江戸線に乗り、ネオン煌めく歌舞伎町をヒールの高いパンプスを鳴らして歩くこと数分。目的地に着いた名前は軽いノックをした。

「はーい、銀時。泊めて頂戴」
「……入れよ」

ノーメイクの顔にマスクをつけた名前を招き入れた銀時は開ききらない目を必死に擦った。小型のトランクを持ち上げた彼女は勝手知ったるように机の上の新聞紙を床に敷き、その上にそれを乗せた。

「いい加減、足洗えよ」
「……わかってるって。それよりお水頂戴。のどがカラカラで死にそうなの」
「まさかキメてきてねーよな」
「自分で使うわけないでしょ」

銀時が冷蔵庫から取り出した350mlミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、キャップを開けた名前は喉を大きく上下させながら一気に半分を飲み干した。
その様子を見て銀時は不安になる。売人なんて仕事本当にやめてほしい。手を出していないと言い張る名前だが、薬にいつ走ってもおかしくない状況だ。いつでも薬に走れる状況と言った方がいいかもしれない。水を飲み干した名前が大きく息を吐いたのを見計らって銀時はソファーに座るよう促した。

「で、相談って何だよ」
「相談ってか、依頼なんだけどさ」
「依頼?」
「そ、万事屋銀ちゃんに浮気調査」

名前の顔が僅かに歪んだ。誰の浮気調査、とは言うまでもない。彼女の胸元で光る指輪は交際三年目を記念して作ったものだ。裏にイニシャルが刻みこまれている。半年前から同居を始めた二人だったが。銀時は男の顔を思い出して頬を掻いた。

「あいつの女癖、まだ治ってないのか?言っておくけどお前と付き合ってから随分落ち着いたんだぜ?」
「本当?隠すようになっただけじゃなくて?」
「……そこまでは知らねェけど」
「ほらね。お願い、調べてくれない?晋助の奴あやしいのよ」
「お前だって疑われるようなことしてるって自覚あんのか?高杉にいつまでも隠し通せると思うなよ?」
「わかってる。だから次の大きな取引終わったらやめるわ。卒業論文も出さなきゃだし……でもさぁ……」

名前の口から高杉に対する愚痴が湯水のように湧いてくる。
高杉の友人であり、彼女の友人でもある銀時は事あるごとに二人の痴話喧嘩に巻き込まれてきた。過去には、名前が銀時と浮気をしていると勘違いした高杉に酷い目に合わされかけたこともある。またか、と銀時は頭を抱えたくなった。高杉が浮気をしたとしても一夜の過ちレベルだろう。気にすることは無いと思うが、名前はそれでは納得しない。先ほどの売り上げから福沢諭吉を三十枚取り出した彼女は封筒に入れたそれを銀時の前に滑らせた。

「じゃ、よろしくね。話はそれだけ。あ、あとソファー貸してね。ここで寝るから」
「……わかったよったく」

彼女が机に置いた封筒を無造作に引き出しに押し込んだ銀時は毛布を取りに寝室に向かった。ソファーに丸まった名前の手の中でスマートフォンがメールの受信を告げる画面に代わる。高杉晋助の文字がディスプレイで踊るのを銀時は醒めた目で見ていた。名前の人差し指が画面を叩く。その光景を視界から消すように彼女に毛布をかぶせた。頭まで毛布に包まれた名前は顔を出そうともがいた。

「別れちまえ」

銀時が小さく呟いた言葉は名前の耳に届くこともなく空中に消えた。名前は明後日まで、サークルの合宿で軽井沢にいることになっている。毛布に入りきらなかったパタパタと動く白い足。電気が消された部屋で名前が持つスマートフォンだけが部屋に馴染まずパネルを光らせていた。その光に背を向けて銀時は自分の寝室へと入っていった。名前は床に転がされたハンドバッグに手を伸ばし、爪先で手繰り寄せる。手に持っているピンク色のスマートフォンと同機種で色違いのスマートフォンを取り出した。ブラウザーを開き、記憶しているURLを入力する。

「おい、名前」

隣の部屋から顔を覗かせた銀時の声に驚いた名前は大げさに肩をびくつかせる。画面から顔を上げた彼女は何事かと銀時の声がする方向に首を向ける。

「朝の八時には新八たち来るからな」
「あ、はーい」

七時半にはここを出なければならない。今から寝ても四時間しか寝られないのか。軽く唸った名前はスマートフォンの画面を注視し、電源ボタンを押した。ズボンのポケットに押し込み、毛布にくるまって寝る態勢に入る。大きなあくびをした名前はポケットの中で震える存在を無視して目を堅く閉じた。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -