留置所で二日目の朝を迎えた名前の元に山崎と土方が来た。固い表情の彼らに何かがあったらしいと察したが、聞く元気もなかった。食事を受け付けずに少し頬がこけた名前は力なく笑って見せた。両手に手錠はされたまま一つの机を挟む。土方は腕を組みながら話し始めた。
「高杉達がテロを起こした」
「……」
「失敗に終ったがな」
「……え?」
失敗?何故?疑問符を浮かべる名前の前に山崎が数枚の書類を出した。あの細菌の詳細な分析結果が出ている。これと何が関係しているのか。眉をひそめる名前に山崎は薄く笑いかけた。
「あの箱の中身は山崎がすり替えてあったんだよ」
「……そうですか」
沖田と山崎がグルになって仕込んでいたらしい。まあ、常識的に考えてバイオテロの火種を名前に持たせたままにするのはおかしい。転寝していたときも木箱の上に手を乗せていたのにいつの間に。山崎の能力の高さに驚いた。ほっとすると同時に少し惜しいと思ってしまった。きっと高杉の腸は煮えくり返っているだろう。想像しただけでぞっとした。
「それで、私の処刑はいつですか?」
「は」
「私の行為は攘夷加担です。テロ未遂まで起こしました」
「……まだお前にはやることがあるだろ」
開いた扉を見るとそこには警察庁長官松平片栗虎がいた。目を見開くと松平は乱暴に椅子に座った。サングラス越しの眼光は鋭い。自然と名前の視線は下がった。
「持ってるデータを出してもらおう」
「隠蔽する気ですか」
「その逆だよ。老中なんて真選組だけで裁けるわけねーだろ。とっつあんが全面協力してくれんだよ」
「……」
パソコンは壊してしまった。あとデータがあるのは鬼兵隊の私物の中だ。横領や人体実験のデータがあれば老中といえど逮捕材料になるだろう。鬼兵隊にデータがあると告げた名前に対して土方は頭を抱えた。今からじっくり集めるのもいいが、抹消されている確率が高い。昔の確実なデータが欲しいのだ。
「高杉とコンタクトをとってみますか……?」
「いや、それは許さない」
きっと殺してくれるだろう彼は。今の自分が酷く惨めだった。自分一人では何もできず、人に頼っては利用されるだけ。土方と松平、山崎は面会室からでていった。留置所に戻される名前。窓に嵌められた鉄格子の隙間から空を見上げるだけの時間は嫌いではない。鬼兵隊の船から見下ろしていた景色の一部に自分もいるのだ。来島は悲しんだだろうか。
「面会だって言ってんだろ!」
「ちょっと副長の許可がないとダメだってば!おい!止まれ!」
「ホワッチャァァァァア!!」
ぎゃあああああああ!!という野太い悲鳴と「副長を呼んで来い!!」という怒声が名前の耳に聞こえてきた。乱暴に留置所の扉がこじ開けられ、誰かが入ってくる。鉄格子の間から侵入者を見ようとした名前の前でその三人組は足を止めた。
「名字名前さん?」
「あ、はい」
「どーも、万事屋です。あんたへの依頼でな、届け物だ」
異常を聞きつけた土方達がやってきたのが聞こえる。中華服を着た女の子がやってきた隊士たちを殴り飛ばしているのが視界の端に見える。彼女が蹴り飛ばしてきた隊士の一人が格子にぶつかって大きな音を立てた。
「送り主はここでは言えねえが、まあ察してくれ」
「……ありがとうございます」
格子の間から手を伸ばしてその風呂敷を受け取った。鉄格子のせいで中にはいられないが、十分だった。風呂敷から香る匂いに覚えがある。涙がでそうになった。大き目の箱が入っているのがわかる。名前の目から大粒の涙がぼろぼろと落ちて行った。隊士に連行される背中にもう一度声を掛けた。
「ありがとうございました」
銀髪の彼は振り向き、ニヤッと笑う。その涙、拭うのは俺の役目じゃないね、と言った銀時の言葉に一層の涙が伝う。通り過ぎ様に銀時の頭をシバいた土方が名前を入れていた檻の前に立った。嗚咽を漏らす名前の手から風呂敷を外し、中身を確認する。
「無粋な野郎でさァ」
「これが俺の職務だ。おい総悟。開けてやれ」
入口があき、沖田が風呂敷と箱を差し出してきた。上質な絹の風呂敷。箱を開けるとそこには予想以上のものが入っていた。女物の着物や簪。着物の下には冊子が数冊入っている。巾着の中にはアクセサリーとユニバーサル・シリアル・バスメモリーが数個。前見たものと違うのは着物の枚数が増えていることと、お香が入っていることと。鬼兵隊にいたことの着物に、誰が送ってきたものなんて考える必要もない。捨ててしまえばよかったのに。全身を振るわせて泣く名前の姿を土方と沖田は見守っていた。
「……土方さん」
「なんだ」
「例のデータ、集まりました」
「そうか」
「お受け取りください」
ユニバーサル・シリアル・バスメモリーと冊子を二冊渡す。力なく笑った名前の頬に手を添えた土方だが、それ以上なにをするわけではなかった。
■ ■ ■
数週間後、名前の元に新聞が投げ入れられた。一面を飾るのは『幕府の権威は地に落ちたか?!老中安藤不正の数々』との見出し。真選組の文字が紙面のあちらこちらで踊っている。彼らはやってくれたらしい。すっと心が晴れた。もう十分だ。残り短い人生、私と同じように牢獄で過ごすがいい。名前に新聞を差し入れた張本人である土方は彼女の顔に笑みが広がるのを見て煙草を吹かせた。
「次は、私の番ですね。そんな顔しなくても大丈夫ですよ。心残りはありません」
どんな顔をしていたのだろうと自分の顔を触ってみる。すっきりした顔の名前は初めて屯所に来た時のようだった。
「名字名前」
「はい」
「お前の疑惑は晴れた」
「……え?」
「無罪放免とは言えねえが、特別処置として警察庁長官松平片栗虎の私兵密偵として働いてもらう」
「待ってください土方さん!」
「決定事項だ。ほら、はやく出ろ」
乱暴に檻から引きずり出された。風呂敷も中から出され、持たされる。とりあえず着替えろといわれたが、持っている着物は高杉から贈られたものだけだ。震える腕を通し、着付けた。今まで使っていた部屋は私物が全て整理されていた。土方の背を追って屯所の門を出る。隊士がずらりとそろっていた。
「今回の任務、見事だったぞ名前ちゃん」
「近藤さん……」
「また、何かあったらよろしくな」
震えそうになる唇をかみしめて耐えた。敬礼をする隊士ひとりひとりにお礼をしたい。乗り込んだパトカーの運転手は山崎だった。隣に座る土方が警察庁にいくよう伝える。まだ夢見心地なのだ。通り過ぎていく歌舞伎町。あっという間に警察庁につき、迎いの人が名前の荷物を受け取った。窓を下げ、土方が名前を呼ぶ。
「今度ゆっくり飯でも行こう」
「……楽しみにしています」
きっと笑えていたはず。去っていくパトカーの姿が見えなくなるまで名前はその場から動こうとしなかった。
END