20

キナ臭い。名前の部屋に煙玉が投げ込まれたのは、丑の刻が過ぎたころだった。転寝をしていた名前は窓を開けられたことに気が付かなかった。跳ね起きた沖田は侵入者を斬り伏せる。手ごたえはあった。一人、二人、三人。四人目を斬ったとき、名前の悲鳴が聞こえた。声を掛けたいがそれでは相手に場所を教えるようなもの。後ろに来た相手に向かって刀を振りかざした。カキィィィンンと澄んだ音がする。いつの間にか開いていた襖と窓から煙が吐き出された。

「何してんですか土方さん」
「危ねェぞお前」

沖田が刃を向けていたのは土方だった。異常を聞きつけて乱入したのだろう。彼らの足元には黒ずくめの闖入者が五人倒れていた。倒れているのは忍服だけ。名前がいない。

「探すぞ」

土方の怒鳴り声で隊士を叩き起こし、彼女の捜索に当たらせた。もちろん木箱も無い。鬼兵隊に走ったのか…?手錠でもなんでも繋いで監禁しておくんだった。高杉が首輪をつけたのもよく理解できる。名前は歩く爆弾だ。死体の懐を漁っても大したものは出てこない。服装からして密偵か、殺し屋か。恐らく、鬼兵隊ではない。安藤だろう。名前の悲鳴が耳の中で響いた。彼女は殺されるかもしれないな、と冷静に思った。


■ ■ ■


木箱を奪われた名前は乱闘に紛れて自らのパソコンを破壊していた。前を走る逃げる背中を必死で追う。武器という武器を持っていないのが迂闊だった。屋根の上から橋に降り立つ。掴んだ瓦を手裏剣のように投げつけるとうまくそれは敵の背中に命中した。足を止める男。橋の欄干に立ち、口元を覆っていた布をはぎ取った。

「久しぶりだな」
「貴様っ……!!」
「あのテロで生きていたとはつくづく悪運が強い女だ…記憶は戻ったらしいな。ご苦労」

そこに居たのは安藤の密偵、名前を駅地下に監禁していた男だ。彼の片手には鍵も握られている。どうしてそれを…?何故鍵まで手に入れている?

「机の上に出しっぱなしだったぞ」
「鍵は燃やしたはずよ」
「何を馬鹿なことを」

真選組の焼却炉に放り込んだはずの鍵がなぜ。何かの鍵と間違えているのか。目を細める名前を男は嘲笑った。彼女は密偵に向いていない。情報収集能力は高いが、周囲に目を向けられなさすぎる。自分のことで精一杯。人を簡単に使うせいでボロがでる。見ていて笑えるほど浅はかだ。現に沖田に頼ったせいで細菌はこの手にある。

「密偵に向いてねェよ、お前。どうせ鬼兵隊も真選組も潰される」
「うるさい!」
「負け犬はそうやって吠えて……ろ……?」

名前には見えた。男の後ろから一閃した太刀筋が。上半身、下半身を綺麗に二つに割られた男が川へと落ちる。茫然とそれを見ていた名前の目の前で木箱は拾われた。

「よォ。お前も散歩か?」
「高……杉」

ニヒルに笑う彼は木箱の錠を血まみれの鍵で開けた。開いてしまった。絶望感に膝をついて名前の前でガラスにひびが入っていないか確認した高杉は満足そうに笑った。江戸崩壊も秒読みだ。立ち去ろうとする高杉の着物の裾を名前が掴んだ。

「……どっか遠くにでも逃げることを勧めるぜ」
「やめて……関係ない人が大勢犠牲になる……」
「それが目的だ」
「お願い、やめて……」

足に縋りつくようにして懇願する名前の姿は哀れだった。バイオテロを持ちかけてきたのは名前からだ。名前は自らを鬼兵隊に売り込んだ時の出汁としてバイオテロを匂わせた。使える女だと思ったから傍に置き、生かしてきた。

「お前がこれを世に持ちだしたんだろ」
「……」

研究員を殺し、細菌を持ちかえってきたのも名前だ。名前は安藤に恨みがあるだけでテロを起こす気がないのは分かっていた。テロ嫌いの名前。彼女にあの日のテロの計画を伝えなかったのは高杉の配慮だ。無理にバイオテロを起こさせる気も無い。名前が自らの横に立とうと思うまで待とうとも思っていた。だが、もう待つ義理は無い。名前は高杉を裏切ったのだ。

「まあ、お前が俺たちのテロに巻き込まれたのは誤算だった。ついでに記憶喪失。笑っちまうな」

呑気に煙管を吹かす高杉は水面に浮かぶ月を見ながら名前に話しかける。もうテロは止められないだろう。高杉が名前の言い分を聞くとは思えない。先ほどより一層重い絶望感が名前を抱きしめた。鬼兵隊がテロを起こせば安藤の悪事なんて暴露してもなにもならない。彼が死ねばざまぁみろとは思えるだろう。だが、後味が悪すぎる。きっと真選組のみんなも死んでしまう。

「じゃあな」

俯いていた顔をあげ、高杉が去っていくのを茫然と見ていた。結局私は利用されただけだ。安藤にも、高杉にも。橋に座り込む名前を土方は見つけた。泣き声なく涙を流し続ける彼女の手には空の木箱。男の死体があります、との声が飛んだ。

「高杉に……渡しました……」
「お前っ……!自分が何をやってるか分かってるのか?!」

名前の胸倉をつかみ上げた土方は手を上げないものの激昂していた。全てを諦めたような顔をする名前が気に食わない。力の入らない彼女を立たせようとするものの、全て無駄な努力に終わった。

「名前を屯所に運べ。留置所にぶち込んどけ」

ふっと名前は笑った。今ここで斬り殺してくれればいいのに。真選組隊士に両脇を支えられた名前は屯所の留置所に入れられた。バイオテロの準備は整っている。鬼兵隊の船の倉庫にはもう例のミサイルはあった。細菌を培養するのはミサイルが勝手にやるはずだ。死にたい。膝を抱えた名前の様子を山崎はそっと見ていた。

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