一番隊と土方だけで名前の救出に当たることが決まった。名前が拉致されたことが安藤の耳に入ってしまったのだ。松平と近藤が必死でいさめていたが、安藤の命令は一貫して「連れ戻せ」だった。名前の情報とパーソナルコンピューターの中身は後回しにするしかない。幸い山崎が名前の居場所を突き止めている。何故鬼兵隊の船が真選組に狙われると分かっていてまだ江戸にあるのか疑問だが、それは好機だ。名前の写真を眺める。問題はこの首輪だ。爆弾の可能性もある。土方の横からその写真を盗み見していた沖田は軽く声を上げた。
「これ、絞首具ですぜィ」
「あ?」
「首を締め上げる奴でさァ」
両手を自分の首に回して絞める仕草をした。なんで沖田がそんなことを知っているのかとも思ったが、彼の性癖を思い出した土方は勝手に納得した。爆弾よりかはマシ。そう判断した土方はもっと詳しい情報を手に入れるため機械士のところに向かった。これは壊してもいいものなのか。
「細工をされてたらアウトですね。センサーが壊れた瞬間爆破させるとか簡単にできますし」
「……」
「俺も連れてってくださいよ副長。三分もあればこんな玩具無傷で解体させてやりますよ」
自信満々のその隊士を信用して、土方はメンバーに加えることにした。少数精鋭で斬りこみたい。今回の目的は鬼兵隊壊滅ではなく名前の救出だ。鬼兵隊は潰したいが、それにはまだ時間が必要だ。だから、今回の計画で優秀な隊士を失いたくない。それを徹底して言い聞かせた。名前の様子を見てくると言い、出て行った山崎の姿を見送り、月を仰いだ。
■ ■ ■
昼間、高杉が外出していることを確認して彼の部屋に忍び込んだ。高そうな桐箪笥を片っ端から開けて中身を探っていく。大半は着物だった。仕掛けがないか注意深く確認していくものの、何もない。箪笥の上にある箱に少し触れ、埃が積もっていないか確かめた。箪笥の上にある箱は三つ。触った形跡が少しだけある。なるべく埃に触らないように気を付けて一番右の小さめの箱を開けると中身は煙管だった。どうりで軽いはず。次に真ん中の箱を取る。大量の半紙と筆、墨。半紙の間に何かないか探したが、何も見つけられなかった。最後の箱。一番大きな箱だ。
「……?」
中身は女物の着物や簪だった。着物の下には冊子が数冊入っている。巾着の中にはアクセサリーとユニバーサル・シリアル・バスメモリーが数個。冊子の文字には見覚えがあった。
「……私の字だ」
中身を見るのがこわい。ものすごく知りたい。ここには重要な何かが絶対書かれている。けれども知るのが怖かった。廊下の足音を聞き、息を潜める。幸い高杉はまだ帰ってこないようだ。ひとまず箱をもとの位置に戻した。次に押入れを探る。布団を押しのけて天井裏に何かなにかと探っていく。高杉様が帰還したぞ!との声が廊下から聞こえてきた名前は慌てて押入れの襖を閉じた。今から出たら確実に誰かと鉢合わせになってしまう。しばらくここで息を潜めてから何事もなかったかのように外にでればいい。誰かが部屋に入ってくる気配がした。息を押し殺して気配を殺す。こんな昼間から布団は出さないだろう。二段になっている上の段に上ったのは失敗だったかもしれない。少しでも動けばミシリと木が鳴る音がしてしまうだろう。
―報告書
―実験データ
―日記
先ほどの冊子にはそう書かれていた。中身が気になる。部屋の住人が早く出て行ってくれと願うばかりだ。狭く息苦しい空間のせいで全身に汗がにじんでくる。静かに襖が開く音がする。…出て行ったか?
「晋助」
入ってきた音のようだ。声からして万斉だろう。高杉の右腕。一刻も早く出て行ってほしいと思う一方でここで何か重要な話をしてくれないかと期待している。名前は重役会議に入れない。彼らが何か事を起こそうとしていることを探るのは容易ではないのだ。もともと幕府側だとばれてしまっているからなお。
「名前殿の姿が見えぬ」
一刻も早く出て行ってくれ。万斉の声で血の気が引いて行った。あなた達が出て行ってくれたらすぐ見つかるよその人。襖越しに聞こえる高杉の声がすぐ耳元でささやかれているようにも聞こえた。やばいやばいと心だけは焦るものの体は微動だにしない。この空間もだいぶ息苦しくなってきている。早く外に出たい。二人分の気配が襖を開けて出ていくのが分かった。高杉と万斉が出て行ったのだろう。打ち合わせか、名前を探しにいったのか。しばらく息を殺したままで、そろそろいいかと襖の淵に手を掛けた。
「ぁああ……っっ」
ゆっくり締まっていく首輪に声が漏れた。軽くその存在を忘れていた電子仕掛けの首輪がその存在をアピールし始める。入浴するとき、水に水没させれば壊れるのではないかと淡い期待を抱いてしっかり浸からせていたが、関係なかったようだ。もともと酸欠気味だというのにさらに追い打ちをかけられた名前は力任せに襖を開けた。身体がバランスを崩し、畳に落ちる。首輪と首の間に指をいれようと必死の名前の腹を誰かが踏んだ。
「まさか押入れから転がりおちてくるとは思わなかったぜ」
「高杉っ……」
「何してた、なんて野暮なことは聞かねーよ」
彼の手元には黒いリモコン。奪い取ろうと手をのばしたものの、届くわけもなく腕は宙を舞った。気持ち悪い。本格的な吐き気までしてきた。虚ろな目になる名前を見て高杉は首輪を緩める。四つん這いの姿勢をとり、全身で大きく息を吸う彼女の頭を踏みつけた。屈辱を露わに高杉を睨みつけるその顔に欲情する。
「GPS付きって行ってなかったか」
「聞いて……ませんね……」
「じゃあ覚えとけ。逃げられねーよ、お前は」
クツクツと笑う高杉。ひっくり返ったままの名前には先ほど弄っていた木箱が丁度見える。やはりさっき見ておけばよかった。起き上がる気力もなくした名前は高杉を眺める。この男はいつから気付いていたのだろうか。