14

名前と接触したという山崎の報告を聞いた土方は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて安堵の息を吐いた。生きていた。生きていてくれた。山崎が隠し撮りしてきた写真を拾い上げると、そこには確かに名前が写っていた。五体満足で何よりだ。

「鬼兵隊は名前さんを仲間のように扱っています」
「どういうことだ」
「少なくとも捕虜のようには扱われていません。彼女は以前鬼兵隊に潜入していましたから、まあ考えられないことではないのですが、少し前まで真選組と一緒にいたやつを自由にさせているというのは引っかかりますね」
「……」
「もう一度、彼女を洗ってみます」
「頼む」

今でも隣の部屋から自分の名前を呼ぶ名前の声が聞こえるような気がするのだ。主のいない部屋。机や箪笥はまだそのままにしてある。絶対に帰ってくると思いたくて。ふと土方の脳裏に安藤の言葉が蘇った。

―名前は幕府にとっても鬼兵隊にとっても厄介なデータを持っていてね……

真選組に来る前の名前が持っていたというデータはなんだ。日々の業務に忙殺されてすっかり忘れていたがやっと思い出した。女の部屋に勝手に入るのは気が引ける。山崎当たりに伝えて探らせてもよかったが、彼は彼で忙しい。座りっぱなしで痛くなった腰を伸ばし、名前の部屋に足を踏み入れた。換気だけは毎日しているせいで残り香はない。名前が屯所に来る前の荷物は木刀とノートパソコン。機械に疎い土方はしばらくその金属の固まりとにらみ合っていたが、早々に諦めた。やっぱり山崎に任せよう。パソコンを自分の部屋に持ち込み。机の傍に置いた。

「無事で戻ってこい……」

彼女をあの屋敷に連れ出してしまったのは自分の責任だ。居なくなって初めて彼女の存在に自分がどれだけ救われていたのかを痛いほど実感している。胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつける。灰皿は吸殻で溢れかえっていた。


■ ■ ■


名前の変化を高杉が見逃すわけがなかった。今まで自由にさせていた態度から一変し、船の中に居る時はできるだけ傍に置くようになった。不服があるのは名前だ。もっとも情報が集まりやすい食堂に行く機会がめっきり減ってしまったから。真選組が助けてくれたあと、鬼兵隊の情報を彼らに伝えられるだけ伝えなければならない。この組織は危険すぎる。高杉の部屋で食事をとるように言われた名前は大人しくそれに従ってはいるものの、何かと口実をつけて部屋から出ていた。

「……息がつまりそう」
「昔の名前は晋助様の傍にいたんスよ。むしろ離れてる方が違和感あったッス」
「私と高杉さんの関係って何だったんですか?」
「……傍から見れば、恋人だったッス」

そう言って来島は顔を俯かせた。彼女は高杉のことが好きなのだ。傷つけてしまったかもしれない。ごめんなさいと名前があやまると来島は滅相もないと頭を振った。高杉と恋人関係。まったくしっくりこない。あの男が恋人なんてもの作るのか。女を欲しても恋人は欲しない気がした。それも、元幕府密偵で、幕府を裏切った女だ。考えられるのは、私が一方的に好意を抱いていて、それを利用したか。考えているうちに名前も来島と同じように俯いていた。

「二人してなんて空気を漂わせているんでござるか」
「あ、万斉さん」
「名前殿、晋助が探していたぞ。あとまた子、作戦会議だ」

万斉はロングコートを翻して船内に消えて行った。休憩タイムは終了。呼ばれているという高杉の部屋に行くと彼は大量の書類に目を通していた。その姿は土方を連想させる。名前がぼんやりと高杉を眺めているとそれが不快だったのか睨まれた。

「御用はなんでしょう」
「部屋の隅で大人しくしてろ」
「……それなら自分の部屋に戻ります」
「あの部屋は他に使う。今日からここで寝起きしろ」

コンクリートの壁で囲まれた冷たい部屋を思い出して、それとこの部屋を比べた。高杉の部屋の方が数十倍マシだ。しかし、ここで寝起きするなんて気が乗らない。高杉のいいように弄ばれるだけだろう。

「また子さんの部屋がいいです」
「……好きにしろ」

書類を見ながら高杉は冷たい声で言った。恋人どうしならば同じ部屋で寝起きすることに抵抗はしないだろうが、それは過去の名前ならば、の話だ。話がそれだけならば、と部屋を出て行こうとする名前の背中に高杉が投げた小刀が飛んだ。身をひるがえすようにそれを避けると刀は壁にめり込んでいた。立ち上がり、抜刀した高杉に身の危険を覚えた名前は壁に刺さった小刀を引き抜いて構える。ゆっくり近づいてくる彼と相対するように腰を落として切先を向けた。十分射程内に入っている。お互いにお互いの動きを探っていく。名前の持つ刀が高杉に触れる数センチのところで動きが止まった。高杉の刀は構えられてすらいない。

「どうした……?今なら殺せるぜ?万斉もまた子もいねェんだ」
「どういうつもりなの」
「狙うはそこじゃねェだろ、ここだ」

そう言って腹のあたりで震えていた刀を胸の前まで持ってきた。着流しから覗く胸板すれすれの位置まで刃が近づく。これで一歩近づけば、高杉晋助の首は取れる。

「真選組の力になりたいか?土方の傍に帰りたいか?」
「……」
「なら、刺してみろ」

カランと軽い音を立てて刀は落ちた。軽い。この程度の想いだったのか。名前の肩を叩いて高杉は部屋から出て行った。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -