13

仕事から帰ってきた万斉に頼んでノートパソコンを借り、昨夜高杉が行っていたワードを検索画面に打ち込む。ヒットした情報を流し読みしていくうちに名前の眉間には皺がよった。被害者の欄に、両親の名前。過去の新聞を引き出す。

「死者三十名、重症者二十名の大惨事」
「船問屋と攘夷志士癒着疑惑」
「過激派攘夷志士による犯行か」

名前の後ろから画面を覗き込んでいた万斉はフム、と声をついた。その声で振り返った名前だが、万斉の目はサングラスで隠されていて何を考えているのかわからない。

「思い出したのでござるか」
「いや……総督が調べてみろっておっしゃったので」

総督。口からすべり出た言葉に何かが引っかかった。うん?と首を傾げる名前の首筋に赤いあとを万斉は見た。十中八九高杉だろう。元鞘にもどったのかとも思ったが、名前の記憶はまだ遥か彼方らしい。いっそ爆発テロと同じくらいの衝撃を与えればもとに戻るような気もした。

「拙者は鬼兵隊に来た名前の身元を調べるよう言われた」
「……」
「真選組の密偵ではない、けれども攘夷志士ではない。安藤に繋がったのは名前がこの事件について調べてたからでござる…さて、拙者も仕事がある。そろそろパソコンを返していただこう」

慌ててプリンターで資料を印刷して部屋を飛び出した。万斉の言葉を脳内でゆっくり咀嚼する。京都船問屋焼き討ち事件で両親を殺された。幕府の密偵として鬼兵隊に潜入した。この事実を繋げて推測すると両親の仇討で幕府密偵になったのだろう。鬼兵隊に潜入するも、密偵だとバレていた。

―幕府を裏切り、鬼兵隊を裏切り、俺を裏切るか

高杉の声が響いた。なにかがつながりかけている。もう少し、もう少し。手に持った紙がくしゃりと潰れる。この事件と安藤様がつながっている…?嫌な予感が胸を支配した。落ち着けと自分に言い聞かせ、夕方の甲板に出る。ちらほらと隊士がいるものの高杉の姿は無い。ほっと胸をなでおろした。倉庫に凭れ掛かるようにして海面をながめる。

「……名前ちゃん。そのまま聞いて」

小さく山崎の声が聞こえた気がした。何も聞こえてないような素振りをしながら髪を耳にかける。これは合図だ。聞こえてますよ、の合図。山崎の声は名前の頭上から聞こえてきた。

「ここから逃げ出せそう?」

いいえ、を表すために俯いた。伝わったようだ。首輪を軽く触り、その存在を知らせた。これがある限りこの船から離れられない。山崎の気配がすうっと消えて行った。途端に訪れる安堵感。土方さんが来てくれる。助けてくれる。またあの温かい屯所に戻れるのだ。人知れずこぼれた笑みを隠すことなく月を見上げた。


■ ■ ■


昨夜山崎とコンタクトを取ったことで名前のの心に余裕が出てきていた。自分の記憶探しから少し外れて、鬼兵隊の動向を少しずつ探っていく。衰えていた感覚が蘇る。名前は高杉の部屋の襖を叩いていた。入れとの言葉に襖を開けた。

「高杉さん」
「あ?」
「私の両親を殺したのは、安藤様ですね」
「ククッ…正解だ」
「私はそれを知って、鬼兵隊に寝返った」
「……それで?」
「私はあなたに利用された。私を使って、あのテロを起こさせた」
「……」

確信はなかった鎌をかけたようなものだ。高杉がどこまで読んでいるかはわからないが、安藤と事件がつながったのは確かな気がした。不確かな記憶を霧のように繋いでいく。煙管を空気中にふかす高杉。窓枠に腰かけているせいで名前からは左半分の包帯に撒かれた顔しか見えない。

「残念。不正解だ名前」
「……」
「愛した女を自爆させるような趣味はねェなァ」
「……」

どこまで、本気なのか。おちょくられているのか、それともそういう関係にあったのか。煙管をカン、と鳴らして灰を落とし、高杉は名前に向き合った。能面のような顔をして動かない名前の輪郭を愛おしそうに撫でる。嫌悪感は無かった。ただ、頭の片隅をよぎるのは土方のこと。ゆっくり口づけられた名前は大人しく目を閉じた。ヒントを貰える。このまま抱かれれば対価を貰えるだろう。全てを知ったうえで判断したかった。

「精々楽しませろや」

ニヒルに笑う彼の口を名前から引き寄せて、むさぼった。今から、夜が明けるまで。彼のことはまだほとんどわからない。知っているのは身体だけ。お互い都合のいい人間なのかもしれない。昨夜と同じような光景が広がり、高杉の逞しい身体を全身で感じていた。薄く開いた窓から冷気が入り込み、火照った身体を少しずつ冷ましていく。もしかしたら窓から声が漏れていたかもしれないと思うと気恥ずかしかった。総督、と呼ぶ。

「ねだってみろ」

そんな甘い声でささやかないで。生理的に滲んだ涙を舌で掬った高杉が上で笑っているのが見える。彼の顔越しに写る天井の木目を眺めた。揺れるからだと心。今日は何を聞けるのだろうか。それとも、聞いていいのだろうか。聞きたいことは山ほどある。けれども高杉が答えてくれるであろうものを選択しなければならない。

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