12

走る来島を追い、名前は彼女の腕を掴んで引き留めた。彼女の足は早い。来島に追いついたときには名前の息は切れ切れだった。この船、やたら広い。左手を来島の腕に当て、右手で震える膝を支えた。見上げた彼女の鼻は赤かった。

「一緒に、食べましょう」

運動したらお腹空きました。と言うと来島は小さくうなずいた。先ほど走り抜けた食堂へと足を戻す。大きく息を吐いたせいで切れていた唇の端が痛んだ。端の席に二人で座ると周囲の視線が一気に集中したが、それは来島の「なに見てんスか」の一喝で散った。二人並んでもうひっくり返ってしまった餡蜜を開ける。白い蜜をかけて舌鼓を打った。これで温かい緑茶があったら最高なのに。

「白蜜って珍しいですね」
「名前はこれが大好きだったんスよ」
「好きになりそうです」
「よく一緒に食べにいったッス」
「じゃあ、今度連れて行ってください」

来島を信用しようと名前は決めた。鬼兵隊は信用ならない。けれども、来島だけは信じよう。きっと彼女は嘘を吐けない性格だ。自分の直感を信じた。パイナップル、杏子、赤えんどう豆にギュウヒ。寒天と餡子。備え付けのスプーンですくって口に入れるとさっぱりとした甘味が口の中に広がった。お腹は空いている。

「さっきのこと、聞いてもいいでしょうか」
「私のせいってやつっスか」
「はい」
「……自分で思い出して欲しいッス」

ここまで言っておいて教えてくれないのか。まあ、簡単に情報が集まるわけがない。今は甘いものを食べられただけで良しとしよう。来島から風呂やお手洗いの場所を聞き、彼女の部屋も聞いた。何かあったら来くれと言う。何もない部屋に戻り、また膝を抱えた。


■ ■ ■


デジャヴュというか既視感。見たことのあるような触れたことがあるような感覚を船のなかで感じることがよくあった。自分は本当にここにいたことがあるのかもしれない。鬼兵隊に浚われて一週間。甲板に出て空を見上げるのが日課になっていた。真選組のみんなは今何をしているのだろうか。名前が消えたせいで土方の書類事務が増えていそうだ。局長はまたキャバクラに通い詰めていないだろうか。沖田は相変わらず暴れているのか。会いたいな、と思った。ここの居心地はよくも無いが、悪くもない。

「月が綺麗な夜だな」
「……そうですね」
「酌しろや」

片手に酒と盃を持った高杉が後ろに来ていた。頷くとおもむろに胡坐をかく。座り込んだ床が冷たかった。足からきた震えが背筋を駆け抜ける。名前が注いだ酒を高杉は美味そうに飲み干していく。風がでてきた。空を見上げると薄い雲が流れていくのが見える。星は見えない。見えるのは船の飛行船の明かりだけだ。ぼんやりと月を眺める名前の袖を引っ張った高杉はそのまま抱き留めるようにして彼女の体を引き寄せた。冷たい。

「冷えてんじゃねェか。風邪ひくぞ」
「離してください」
「つれねえ女だな」
「過去は振りかえらない女になることにしました」
「ホォ」

高杉の濡れた唇が名前を食すように触れていった。首に吸いついた時、名前の内から小さな悲鳴が漏れ、高杉の機嫌は上がっていく。微かに香る日本酒の澄んだ香り。無理やりに乗せられていく体は素直に欲情の傾向を露わにし始めた。胸元に這わされた手を抑えるものの、それをものともせず冷たい手が合わせから侵入する。

「ここでが良いか、俺の部屋がいいか」
「……ここでは嫌です」

手を引かれた名前は大人しく高杉について行く。厭だと思えなかった。部屋に敷かれた布団に突き飛ばし、くらいついてきた高杉を受け入れるように抱き寄せて唇を求める。性急にはぎ取られる着物が宙を舞っていた。

「名前……」

愛おしそうに歪む名前の顔を見つめ、高杉は小さく呟く。彼の二の腕には名前が立てた爪の跡が残されていた。せわしなく揺れる空気が止まったと思ったら名前の小さな喘ぎが漏れた。うなだれた高杉が熱い息を吐く。汗で包帯はずれていた。その場所をなぞるように名前が指を這わせた。名前の指を高杉が包み、爪先に口づけを落とす。

「身体は覚えてんだなァ」
「……」
「晋助」

彼の名前を呼びたくなった。呼びたくなったから呼んだ。抱かれた男に対する一時の感情なのかもしれないが、名前に呼ばれた高杉は満足そうに笑った。ごろりと横になり、裸の名前を抱くようにして布団をかぶせる。寝ろ、と言った。

「対価だ。少しだけ情報をくれてやる」
「……」
「十一年前の京都船問屋焼き討ち事件について調べてみろ」

名前は現在二十一歳だ。十一年前というと、十歳か九歳の時。何があったのだろうと、今すぐにでも調べようと着物を集める名前の腕を引き寄せた。情もないのかこの女は。離してくださいと反抗する名前の首輪に指をひっかけ無理やり枕に押し付けた。

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