10

意識を失った名前は船の奥の部屋に監禁された。両手両足は自由になったが、首には首輪のようなものがつけられていた。爆弾か何かだろうか。今この瞬間を生きていられることを思うと爆弾なんて怖くなかった。このまま大人しくしていれば真選組が来てくれるという思いと、危険な目にあってもいいから高杉達と会って、過去の知っていることを聞きたいという思いがせめぎ合っていた。
部屋の隅で膝を抱え、どうしたものかと思案する。思い出せ自分。何があったのか。頭を抱えていると部屋の扉が開く音がした。金髪ミニスカの女性が立っていた。

「名前」
「あなたは……」
「来島また子っス」
「来島さん、ですか」
「記憶喪失なんスか」
「……はい」
「それって、駅の爆破テロから?」
「どうして私が巻き込まれた、って知っているんですか?」
「……」

ふい、と顔をそらして来島は持ってきた盆を名前の前においた。湯気の立つお粥である。そして小さな救急箱も名前の前に置いた。

「怪我の手当するから腕まくりするっス」
「え?」
「早くしないと撃ち殺すっスよ」

来島の腰にホルダーを見た名前は大人しく着物の袖をまくった。小さな切り傷、擦り傷が沢山ある。足も出すように言われ、同じように裾をまくると綺麗に包帯が巻かれた。
ありがとうございます、と呟くように言うと、来島は顔を上げて名前をじっと見た。その目が揺れている。

「私、名前のこと信じてるっスから」

そう言い残して来島は救急箱だけを持って部屋から出て行った。信じてる…?何を?誰を?もうわからない。私は幕府の密偵じゃなかったの?どうして鬼兵隊のメンバーから「信じている」って言われているの?もしかして、過去の私は鬼兵隊に潜入していたのではないか。と会話のパーツが頭の中でつながった。じゃあ鬼兵隊の起こしたテロは?うまく潜入していたならばテロの被害者になることばない。バレた?バレて、始末されそうになった?じゃあ何故来島は「信じている」と?密偵じゃないと信じているのか?いや、そんな甘い組織じゃないだろう、ここは。答えは誰がおしえてくれるのだろうか。散らばった記憶の手がかりを集めても、集めても、謎は増えていくばかりだった。

「名前」

安藤の声、土方の声、高杉の声、来島の声。耳をふさいでも頭蓋骨の中から呼ばれる声は止まない。両親の声は忘れてしまった。頭を激しく振る。どうして何も思い出せないの。記憶は枝だと言った。枝と枝が重なり合い、影響しあうものだと。私の木は枯れてしまったのだろうか。ならば、私は何の為に生きればいい?

「名前」

幸い考える時間だけはありそうだ。この部屋にはなにもない。来島の持ってきたお粥に手をつけた。前提があっているのだろうか。私は本当に幕府の密偵だったのだろうか。ぐるぐると仮定が頭をめぐる。来島と話せばなにか思い出すだろうか。彼女に会いたくなった。しかし簡単に会えるものでもなさそうだ。


■ ■ ■


「記憶喪失か」
「さっき名前に聞いたっス。あのテロで記憶喪失になったらしいと」
「名前殿は何も覚えてないのか」
「そこまでは……」
「都合がいいかもしれねェな」
「晋助?」

窓際で煙管をふかしていた高杉がニヒルに笑う。名前の記憶が飛んでいるなら埋めなおせばいい。思い出せ。そして縋れ。土方の名前を呼んだ名前を思い出して少し気分が悪くなったが、まあいい。真選組に身を寄せる理由は本人から聞こう。

「名前を俺の部屋に連れてこい」

煙管の灰を空中に捨てて高杉は酒を煽った。疑問の目を向ける万斉に笑って見せた。同じ過ちは繰り返さない。名前は油断できない女だが、うまく扱える自信は十分にあった。伊達に名前と三年間同じ船で過ごしてきたわけではない。

着替えさせられ、部屋に連れてこられた名前の腕を高杉は強く引いた。バランスを崩した名前を抱きとめた高杉はその目の前で小さなボタンを押した。

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