08

山崎と共に応接間に駆け込むと幕吏の妻子は青い顔をして窓の外を窺っていた。山崎の無線から土方の怒鳴り声が聞こえる。爆発音が響いている。時計を見ると時刻は午後八時。春には程遠いこの季節、時間帯としては悪くない。外は真っ暗だった。

「ヘリからの襲撃だ」
「爆弾が」
「状況を把握しろ」
「南門から攘夷志士が」

カーテンの隙間から外を覗くと乱闘になっているのがわかる。でもまだ中までは入りきれないだろう。山崎の無線はまだやかましく音声を伝えてくる。ヘリを陽動に裏門から襲撃を仕掛けてきたらしい。
爆発音は裏の倉庫が爆破された音だと察した。そういえば、密売に使われる臓器を倉庫の地下に隠して或るらしいとかの噂を聞いた。いざというときのために娘と着物を変えて、変わり身となる。
血と煙の匂いに名前のなかの何かが落ち着かなくなっていた。恐怖ではない。もっと、こう、興奮するような感覚。胸元の短刀を握り、自分を宥めるように息を詰める。土方はまだ来ない。きっとどこかで足止めされているのだろう。こんな状況だというのに名前の口元は弧を描いていた。山崎はそれに気が付いていた。だんだん近づいてくる狂騒と共鳴するように窓ガラスが一斉に割れた。

「名前ちゃんっ!」
「私は大丈夫です!それよりも奥方様を!」

投げ込まれたのは爆弾だった。こんな大騒ぎになるなんて聞いていない。爆風から娘をかばい、屋敷の外に出るための最短ルートをはじき出した。山崎は奥方を支え、同じく屋敷から離れるよう名前に言う。
土煙が立ち込めるなか、真選組隊士三人を護衛につけて走り出した。後ろでは山崎が浪人と応戦している。車が用意してあると聞いてほっと息を吐いた。
あと、もう少し。乱戦の声がだんだん遠くなる。隣で荒い息をこぼす娘に憐れみを感じた。きっと走ることなんて滅多になかったのだろう。それは奥方も同じだろう。二人は乗り込んだ車の中で乱れた髪を必死に手櫛で整えていた。

「さあ早く―」

車に乗り込もうとする娘の後ろで真選組隊士の首が飛んだ。ぴしゃっと血しぶきが舞い、彼女の着物に淡い斑点を作る。次の瞬間に、後ろにいた隊士二人が崩れ落ちた。彼らの持っていた刀が名前の足元に転がってきた。名前に背を押された娘は広い車内に倒れ込んだ。

「出して!!」

名前の声で運転手は慌ててアクセルを踏む。残されたのは名前と隊士三人を簡単に葬った男だけだった。何故殺さないのか。屋敷の人間に見えているのか。かちかちと震える歯を必死でとめようと食いしばり、名前は胸元の小刀を向けた。殺そうと思えばいくらでもチャンスはあった。刃向かっても勝てる気がしない。けれども私も今は、真選組の一員だ。土方に任務を頼まれた身。

「はて、少し背が伸びたでござろうか」
「……誰?」
「薄情な女でござるな。晋助もわざわざ連れ帰ることもあるまいに」

一歩男が近づくたびに一歩名前は下がる。足袋が水分を吸いこむ。名前の足元には血だまりができていた。助けて土方さん。袖の中の携帯が振動している気がした。早く来て、土方さん。それだけしか考えられない。もう一歩、男が近づく。突き出した小刀は簡単に振り払われた。彼の手が小刀を振り払ったのは見えた。右から左へと振り払われた手が、翻り、名前の首を襲う。簡単に意識を飛ばした名前を担ぎあげ、万斉は夜の闇に消えた。


■ ■ ■


奥方と娘を安全な場所に逃がしたという報告が来た土方はおおかたケリがついた屋敷をざっと見た。女中たちも無事だった。回天党もほぼ壊滅だろう。
屋敷の被害は酷いがしょうがない。各隊長に被害報告を出すように伝えた近藤と土方の後ろから山崎が鬼のような形相で走ってきた。それをみた沖田が顔を歪める。鬘はずれ、メイクはぐっちゃぐちゃ。紅もぶれて化け物のようだ。

「副長」
「っ……山崎か……おいきめェ触んな」
「名前ちゃんは?!」
「お前一緒じゃねーのか!?」
「屋敷内まで侵入されて逃がしたときに別れたんです」
「妻子は無事だと報告が入ったが」
「彼女の情報は?」
「まだだ……」
「なにかがおかしいですよ副長」
「……」
「回天党の奴らにこんな兵力があったとは思えません」

土方と山崎のやりとりを聞いていた近藤も顔を顰めた。屋敷の襲撃にしては確かに大がかりだった気がする。それに山崎の言う通り、回天党の武装は予想以上だった。ヘリからの爆撃も予想だにしていない。死屍累々と転がる死体を眺め、何かがひっかかる土方は一秒でも早く名前の姿を見たいと思った。

「おい総悟、原田。お前らの隊も使って名前を探せ」
「……見つからないんですか?」
「まあ、びびってどこかに隠れてんだろ」

そうであってほしい。生きている浪士を捕縛している隊士や浪士の死体をまとめる隊士の間を縫うようにして土方は名前が向かったとされる方向に足を走らせた。電話にでない。やっぱり無線も持たせておいた方がよかったか。
しかし、誤算が多い。まるで真選組と回天党を吹っかけるように警護初日、配備から数時間で襲撃と来た。明日になれば奥方と娘は極秘裏に移動するはずだったのに。情報でも漏れていたのかと土方は舌打ちをした。

「……名前」

裏手に回った土方の視界に入ったのは無残に殺された隊士三人の死体だった。顔を確認すると一番隊と三番隊の隊士。腕利きのやつらだ。名前の死体がないことに安堵すると同時に、彼女はどこに行ったのかとめまいを覚えた。

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