07

土方にもらった指名手配書を自室の机の前の壁に貼り、名前は満足気に笑った。
何か思い出せそうな気がする。記憶喪失で不便はないが、記憶が戻るならそれに越したことは無い。自分が調べていたことを思い出せれば真選組の捜査に役立てるだろう。高杉の墨絵を睨みつけ、名前は筆を取った。
隣の部屋からは土方の声が聞こえる。仕事がひと段落ついたらお茶でも持っていこう。土方から香る煙の匂いが好きだった。鼻歌交じりで書類にサインをして、床にばっさばっさ置いていく。大量の書類を任されるのは有能だと認められている証!

「副長、お茶でも入れましょうか」
「おー」

襖越しに声を掛ければ返事はちゃんと帰ってきた。立ち上がり、部屋をでて給湯室でお茶を入れる。沖田が縁側で寝ていたのをスルーして副長室にお茶と菓子を運んだ。自室にもお茶を置き、もう一度縁側に向かう

「沖田さーん」
「……」
「見回りの時間ですよ」
「……」
「早く起きないと土方さんにどやされますよ」
「……うるせえ」

アイマスクを外した彼はだるそうに起き上がった。栗色の髪の毛をがしがしと掻く。縁側に寝ていたせいで制服に皺が寄っていた。アイロンをかける女中さんも大変だろうに。沖田を追い払った所で再び書類に向き直った。
なんとなく書類から目を上げて桂と高杉の墨絵を眺めた。うーん。引っかかる。ぼんやりと思いだしつつはあるのだ。母親のことや、父親のこと。けれども事件付近のことはさっぱりだった。

「名前、入ってもいいか?」
「あ!はい」

部屋を隔てる襖が開き、土方が入ってきた。机の前に座る名前と向かいあうように胡坐をかき、地図を渡した。来月に真選組が護衛にあたるという屋敷の地図だ。
名前も連れて行くいう土方に目を丸くした。大した戦力にもならない自分を連れて行っても、と言う名前に土方は顔の前で手を振った。

「ここの屋敷にテロ予告が出された」
「はあ」
「真選組総出で警護に当たるが、お前も一緒に来てほしい。家のなかの警護にあたってくれ」
「戦えませんよ、私」
「何かあった時に連絡いれてくれるだけでいい」
「わかりました」

それならば大丈夫そうだというと任せた、と言われた。屋敷に住んでいるのは天人幕吏の奥さんと娘さんだと聞く。使用人はいるものの、真選組の男連中に屋敷の中をうろうろされるのは不安らしい。そこで抜擢というか丁度いいだろうとつまみあげられたのが名前だ。爆破予告を出したのは攘夷志士のなかでも中堅組織。春雨との癒着が再び発覚したせいである。そんなに金が欲しいかと名前は思う。確かに金があれば便利だろうが、庶民には桁外れの金額を手に入れても使い道はあまりない。いや、もともとのお金持ちにはあるのだろう。どっちみち、関係のないことだった。


■ ■ ■ 


そのお屋敷は典型的な日本家屋だった。見取り図を渡されてもいまいちどこに何があるかわからない。歩き回ってやっとつかめた感覚に一息いれた名前の肩を土方が叩いた。
使用人の姿をしている名前の姿を上から下まで眺めた。

「なんですか」
「いや、それよりもお前メシは食ったのか?」
「さっき賄いを頂きましたよ」
「ちゃっかり馴染んでるな」
「幕吏様の噂話もたんまりと」
「ほう」
「女はおしゃべりですからね。打ち解けるために自分とは関係ない秘密を明かすんです」

舌をちろっと出して名前は言う。女の情報戦は怖そうだ。宇宙海賊との癒着がスクープされてもなお幕臣という位にしがみつこうとする天人に、名前はあまりいいイメージを持っていない。それは真選組一同も同じだった。転生郷の一件を思わせる。

「不審なことがあったら言えよ」
「はい」
「それだけだ」

遠くの方から沖田が近づいてきて、土方に何かを耳打ちした。少しもめているようで彼らの表情が曇る。なにがあったのか。尋ねていいのかその必要性はあるのか。自分が正式に真選組の一員ではないことに疎外感を感じた。煙草を吹かす土方に一言だけ忠言することにした。

「屋敷内禁煙ですよ」

チッと打たれた舌打ちに笑みがこぼれる。土方の凄味にももう慣れた。毎日毎日目線だけで殺されそうになれば誰でもなれる。伊達にチンピラ警察と暮らしているわけではない。
同じく女中に紛れた山崎が立ちすくむ名前の顔を覗きこんだ。あら可愛い。薄く塗られたおしろいに小さく色付く紅。袖の中から覗く腕は筋肉質なものの、普段は見えないから問題ない。
山崎と休憩所でお茶菓子をつまむこと十分ほど、轟音とともに隊士たちの怒鳴り声が聞こえ、山崎に腕を引かれた名前は幕吏の妻と娘を探すために部屋を飛び出した。

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