06

書類整理、書類整理、書類整理。極秘書類以外をほぼ全て任された名前は土方の隣の部屋をあてがわれた。大抵は始末書で、たまに攘夷志士の検挙報告書。あと勘定方まで任されて名前は目の回る忙しさだった。記憶がないと言っても日常生活に支障がでるような記憶喪失ではない。身体が覚えていると言った方がいいか。

「名前、お前メシは?」
「まだです」
「さっさと食ってこい」
「副長、この書類の山見えます?今席を離れたらこれ、どうするんですか?」
「俺が代わる」
「え」
「早く行け」

土方十四郎は有能かつ、わかりにくい優しさももった人物であった。鬼の副長との呼び名どおりに鬼のように仕事を言いつけてくるが、ちゃんと休憩時間は取ってくれる。死にたくなるほどの仕事を押し付けられても文句を言わないのは、土方が名前以上の仕事をこなしているからだ。尊敬に値する人物だと思う。
そんな土方のご厚意に甘えて食堂にいくと隅に山崎がいた。地味で目立たない彼だが、記憶を無くす前の私を知っていたらしい。なんと私も密偵だったとか。彼の目の前の席にすわり、ラーメンを啜った。

「あれ、名前ちゃん。仕事は大丈夫なの?」
「副長が昼ごはん食べてきていいって言うから」
「なんでそんなに名前ちゃんには甘いんだろあの人」
「甘いんですか?」
「甘いよ」
「……そうなんですか」

山崎はカレーを食べている。真選組に入って一番お世話になっているのは副長だが、二番目にお世話になったのは山崎だ。彼の話によると、親の仇討として幕府に仕え、密偵として働いていたが数か月前のテロに巻き込まれて記憶喪失になったとか。自分のことなのにまったく実感がわかない。密偵とかウケる、といった感じだ。

「おっ。名前じゃねェですか」
「沖田隊長」
「隣失礼するぜィ」
「隊長、始末書書くこっちの身にもなってください」
「あ?」
「壊しすぎ、斬り過ぎです」

鬼兵隊テロによって真選組は糾弾を浴びたが、その一方で防衛組織の位は高まった。今まで以上に幅を利かせられるようになっていたのだ。いいことではあるが、その分、隊士の行いは市民の目につきやすい。問題児筆頭である沖田には自重していただきたいものだった。

「始末書は土方の仕事だろィ?」
「いや、正しくはあんたの仕事だから」
「そうだっけ。タメ口聞くなバカヤロー」
「失礼いたしました」

ラーメンのスープまで飲み干して名前は席を立った。机に向かいっぱなしで足も肩も痛い。休日にはマッサージ屋に行こう。腕をぐるぐる回して歩く名前に隊士の目が集中した。男だらけの集団に一人、若い女。ちょっかいをかけて見たくなるのが性だが、彼女には副長が番犬としてついている。名前が食堂から去って数分後に入れ違うようにやってきた土方に、隊士の嫉妬の目が飛んだ。


■ ■ ■


休日を好きなようにすごす名前。その姿を山崎は尾行していた。副長命令だ。甘味屋から始まり、マッサージ屋、美容院。本屋で雑誌を買った彼女は早々に屯所に戻る。怪しげな素振りはひとつも見せない。彼女が屯所に入ったのを見終えてから、山崎はあんぱんを買いに行った。大江戸マートから戻ってくると門の前に名前の姿があった。

「なにしてんの?」
「あ、山崎さん。手配書を見ていたんです」

この顔にピンときたら百十番。耳慣れたフレーズを口ずさみながら名前は桂と高杉の手配書を交互に見ていた。うーん、と唸る。

「何か思い出せそう?」
「こう、なにか出てくるような、出てこないような」
「そっか」
「これはもらえないでしょうか?」
「副長に言ってみればもらえるかもよ」
「じゃあ、そうします」

ぱたぱたと小走りで副長の部屋に向かう彼女を見送った。名前の両親は攘夷志士のテロで亡くなっている。その復讐で幕府に身を売ったというのだから、あまり思い出させないほうが彼女のためなのかもしれない。鬼兵隊の任務は失敗に終わったというし。任務失敗した密偵の末路は山崎が一番よくわかっている。それに、名前は女だ。命を取り留めただけマシと人は言うだろうが、果たしてそうだろうか。忘れていたほうが幸せなのかもしれない。手配書に書かれた二人を睨みつける。

「おい山崎、近藤さんが呼んでますぜィ」
「あ、はい!」

沖田の言葉に山崎は掲示板を見るのを中断した。近藤の部屋に向かう。山崎を見送った後、暇になった沖田は名前にちょっかいを出しにいこうと思った。名前にちょっかいを出すたびに土方は過剰反応する。これは只の勘だが、二人はいい雰囲気になりつつあるのではないか。名前が屯所にきてもう半年近く。最近では土方が見回りに名前を連れ出すこともあった。彼女の部屋の襖を叩く。

「名前ー」
「あ、こっちです」

名前が出てきたのは土方の部屋からだった。どうしたんですか、と首を傾げる名前の後ろに向かって沖田はバズーカを構える。

「みんなー土方さんが職権乱用で名前に手ェ出しやしたー!!」
「え、ちょ、」

土方の怒鳴り声はバズーカの爆音でかき消された。始末書増えたァ!と騒ぐ名前の手を引いて沖田は屯所を抜け出す。引っ張られるようにして名前が来たのは団子屋だった。荒い息の名前と対照に沖田の息はまったく乱れていない。土方は大丈夫だろうかと、屯所の方向を見る名前の頬を沖田が引っ張った。

「名前。あんた土方さんのことが好きでしょう」

目を見張り、少し視線を落とす。その仕草だけで十分だった。

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