05


「会社の記念パーティーですか?」

クラブ大蛇のVIP席。真っ赤に彩られたソファーに足を組んで座る男は、華やかな女なんていなくとも絵になっている。片手にシャンパングラスを持てばホステスでさえ見とれる優雅な雰囲気が当たりに染みた。そんな豪華な風景を僅か三十センチ隣というベストポジションとも言えるかわからない、だが至近距離とは言えるであろう距離で眺める。

久しぶりにマダラさんがいらっしゃり、ご指名をいただいたので接待中なのだ。何が食べたい?と聞かれて思わず素直にフルーツの盛り合わせと答えてしまった自分に舌打ちしたい。何が飲みたい、ではなく何が食べたいかと聞いてくれるあたりにこの人の優しさが出ているのだろう。

「うちの会社の三周年記念の祝いらしい。残念ながら秘書が季節外れのインフルエンザにかかってな。代理にお前を指名したいわけだ」
「そんな大層なパーティーに私なんかが同伴したらまずいですよ」
「社交界はお手のものだろう?臨時手当ては出すぞ」

マダラが右手を広げ、親指から順番に薬指までおられる。つまり時給五万×四時間。随分割のイイ仕事だ。

「それは嬉しいんですけどね」

だが簡単に食いついてはならない。いかに相手を惹きつけられるか、それがこの世界の必須にして必見の武器だ。

「まぁ、話は最後まで聞け。秘書の代理ってことで招待客全員の名前と役柄を覚えてもらわなければならない。パーティーは明後日だ」
「…ちなみに何人ほど?」
「最低三百人だな。上役の連れもくる立食式だ。他の企業の繋がりも見ておきたい」

器用にさくらんぼのヘタを舌で結んだマダラさんが言った。三百人。随分なパーティーじゃないか!ドサリとリストが目の前に置かれれば、顔と名前と役職、血縁関係、機密事項までのっている。

「じゃあ明後日の昼迎えにくる。ママには承諾済みだ」
「…わかりました」

観念したように言えば頭をぽんぽんと撫でられた。仕事の話はこれぐらいにして飲み直そうと言ったマダラさんにお酒を注ぎながらスケジュールを組み立てていった。ギリギリいけるかな?

「大学は楽しいか?」
「はい!そういえば家庭教師の教え子が第一志望大学合格したんですよ」
「ほォ、それは本人の努力だな」

笑みを含んだ口調で問われれば失礼な、私も頑張りました!と腕をかるく叩く。

「将来は国語の先生でもいいかな、って思っちゃいました」

たぶん叶わない夢だろうけど、夢を持つこと自体は自由だ。
そんな私の肩に手をまわしたマダラさんがきっといい教師になれるさ、と言ってくれた。頑張れ、とも。

甘えるように寄っかかればユニセックスであろう香水の香りが仄かにする。やたら香水をつける客と比べてしまうのは失礼かもしれないが、密着してやっと薫る程度が好ましい。胸に顔をうずめて香りを楽しんだ。

「パーティーが終わったら改めてご飯でもつれてってやるよ」

ちゃんと食べてんのか?と心配そうに顔を覗きこんでくるマダラさんに対して、目を逸らせば「やっぱりな」と言われて口にマンゴーを押し込められた。最高級国産マンゴー。モガモガと口を抑えれば楽しそうに笑ってくれる。

「名前ちゃん、十二番テーブルでご指名よ」
「…はーい」

ヘルプの人と入れ替わりに席を立って挨拶をすればひらひらと手を振ってくれた。そんなマダラさんから離れて十二番テーブルに向かう。

「さて…」

頬をパチンと叩いて気合いをいれた。マダラさんと別れたあとの笑みを崩さないように整えた。


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