猿飛が病院に来て鍵を受け取り、着替え等を持ってきて帰ってきたときには沖田も一緒にきていた。心配そうにベット脇に立つ沖田は、猿飛が高杉に連絡を取ったことを告げた。わけがわからない名前だったが、どうやら猿飛は名前と高杉が付き合っているのを感づいていたようだ。実際は、クリスマスに高杉と会う名前をたまたま見かけてしまっただけだが。どうせあの子は連絡しないだろうから、と彼女が連絡をとったらしい。飲み物を買ってくると言った猿飛はまだ帰ってこない。沖田はカーテンの隙間をぴしゃりと閉じた。
「名前」
「うん?」
「こんな時に言うのもアレな話ですが……」
「え、どうしたの?」
「名前のことが好きでさァ。怪我して運ばれたって聞いたときには心臓止まるかと思いやした」
「……総悟」
「返事はいりやせん。忘れてくだせェ」
「……ごめん。でも、ありがとう」
名前は目を閉じた。疲れているところ喋らせてしまったとの後悔は残るが、告白した後悔はない。これでいいのだ。猿飛が病室に帰ってくるなり、「俺は帰りまさァ」と言う。これから来るであろう名前の彼氏の姿を見たくなかったのだ。無言で頷く猿飛はそれをうっすら察したのだろう。片手に持っていたお茶を一本渡した。
「あとで連絡するから」
「了解」
目を開けた名前に「また来る」と伝えた。頷く彼女。沖田が居なくなって数十分後、高杉が病室にきた。名前が寝ているのを見てほっとした高杉は猿飛に話を聞こうと、病院一階にある喫茶店に誘った。二人っきりで話すのは二回目だ。猿飛は不審者のこと、怪我の具合のことを端的に話した。彼女が高杉に不審者のことを話していなかったのは意外だ。きっと心配をかけまいとしていたのだろう。
「ご両親に連絡は行くみたいですよ。それまで保護者としてちゃんと見ていてくださいね」
「あぁ」
「名前も酷いなぁ…わたしにまで内緒にするなんて」
「俺が言うなって言ったんだ。あいつは悪くねェ」
「……本当に愛されてますね」
羨ましいなァ…と猿飛がぼやく。ホストだから相手にされないのだと思っていたのに。銀時よりも質の悪そうなホストをやすやすとひっかけた名前が羨ましい。こんなに愛されちゃって。眉間を抑えながらホットコーヒーを啜る高杉をじっと見た。やっぱり銀さんの方がいい。
「人の顔見て溜息とは失礼な奴だな」
「銀さん来ないかな、って」
「あいつは来れないだろうよ。なにせ俺がいない店まわしてるのはあいつだからな」
無性に会いたくなった。もう高杉も来たことだし、名前は任せて攘夷に行ってしまおうかな、なんて。猿飛の思考が手に取るようにわかる高杉はコーヒーを冷ます素振りを見せながらため息をついた。最近は戸締りもちゃんとするようになったと思ったらコレだ。目が離せない。気にかけているつもりでも、不審者のことに気付けなかった。いっそ同棲しちまうか。両親が来るというなら一応挨拶はしておこう。さすがにホストとは言えない。大学の先輩ってことでいいか。
「高杉さん、電話」
「いいんだよ」
きっと今日予約が入っていた客からだろう。今は出る気になれない。そう思って無視すると今度は猿飛の電話が鳴った。発信者をみて目が輝く。なんとわかりやすい。
「……もしもし?銀さん?」
「 」
「うん?うん、いますよ。代わりましょうか?……高杉さん、銀さんです」
「…もしもし?」
「電話ぐらい出ろよお前」
「さっきのお前か。悪ィな。どうした?」
「なんかさっきから晋助は?晋助はどこにいるの?ってしつこい女がいてさ」
「予約客にはさっきメールいれたぜ?」
「飛び入りだよ」
「断っとけよ」
「それがしつこくって。お前の客だから俺が無下にするわけにはいかないでしょ」
「病院って言っとけ」
「お見舞いに来たりして」
「やめろ。適当に追い返してくれ」
「はいよ……あやめに代わってくれ」
猿飛にスマートフォンを返し、冷めたコーヒーを啜った。もしかして、という嫌な想像が膨らむ。猿飛にも自分と名前がプライベートで会うところを見られていた。ならば、他の客にも見られていたのではないか。もしかしたら、俺の客に名前は刺されたのではないか。恋に狂った女の怖さは知っている。ストーカーなんて序の口だ。猿飛が電話を切ったのを見計らって声を掛けた。
「名前の近くにいたって言う女ってどんな奴だった?」
「茶髪で巻髪ってことぐらいしか…いつもマスクしていたらしいし」
「写真とかは?」
「無いと思います」
茶髪で巻髪なんて腐るほどいる。それでも名前のダメさ加減が愛おしかった。二人のコーヒーが空になったのを見計らって席を立つ。四階にある名前の病室までの道のりがやけに長く感じた。病室に着くとさっきまでと何一つ変わっていなかった。眠る名前の髪をそっと撫でる。
「入院期間は?」
「傷は深くないんで数日だそうです」
「そうか」
静かな病室の空気を割くように高杉のスマートフォンが震えた。ちらっと見るとメール六件と不在着信七件。誰からだろう、とスクロールして見ると、銀時の一件を覗いて同じ名前が並んでいた。この番号を知っているということは店の客だが、誰だ。名前を憶えていないということはあまり店にきていないということ。猿飛に断りを入れて電話をかけなおすことにした。もしかしたら先ほど銀時が言っていた客かもしれない。
「……もしもし」
「あ……高杉さん」
「電話出られなくて悪かった……どうした?」
「今日……お店いないのかな、って」
「ちょっとな」
「ううん……いいの……よくないんだけど……うん」
「……明日は行く予定だ」
「そっか……今、何してるの?」
「オーナーに呼び出されてちょっとな」
「大変だね」
「まったくだ」
「……今日の夜、ちょっと時間無い?」
「悪りィ、今日は無理だ」
「そっか……じゃあね」
ぷちっと電話を切った。何事もなくてよかった、と安堵する。病室に戻ろうとしたとき、ピンク色の髪をした男が名前の部屋に入っていった。それを見てどこかで一服していこうと思う。きっと大学の友人だろう。慌てていたのかはわからないが派手な音を立てて扉は閉められた。それに対して舌打ちをする。名前が起きたらどうするんだ。
■ ■ ■
神威が力を込めて扉を閉めたせいで名前の目は覚めていた。バァンと破裂音のような音がしたからだ。顔を覗きこむ青い目。名前が瞬きをすれば、神威は安心したかのようにパイプ椅子に座った。
「よかった……」
「どうしたの……神威」
「それはコッチのセリフだヨ。さっき沖田から電話があって……」
「あたしは大丈夫だよ。今は痛くないし……」
「刺されたって聞いて慌ててきたんだ」
「あ、ありがとう」
名前の手を握る神威。優しく頬ずりされた。大好きだった青い目がマニキュアも塗られていない名前の手をとくと見る。ああ、無事でよかった。沖田に一発殴られたのは意味わからないが、名前のことを教えてくれたからチャラにしよう。起き上がりたいらしい名前の背に手を貸して、ベッドに凭れ掛からせる。血の気のないためか、いつもより白い彼女の顔を両手で挟み、軽く口づけた。
「ごめんネ」
「……いいよ」
もうちょっかいださないから、と神威は言った。頷く名前。心に残っていたしこりも流れた。病室の外には阿伏兎と猿飛。お互い話すこともなく、白い壁を見つめていた。