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高杉と甘すぎる一夜を過ごした名前は目前に迫った冬休みに思いを馳せていた。年末年始は実家に帰らなければならない。折角、高杉の仕事も休みなのに。三十日に帰省し、三日の昼には東京に戻って来よう。高杉は実家には戻らないという。それを聞いて名前も戻らなくていいか、と思ったが、高杉に帰省するよう言われたのでおとなしく従った。年末は帰省すると皆に告げると、

「お土産よろしくね!」

大学の友達のぶんのお土産も買って帰らなきゃいけない。やっぱり夏ミカン関係のものがいいだろうか。その前に両親に東京のお土産を買って帰らなければ。これは高杉さんと見に行く約束をしている。にやっと崩れた顔を妙が見た。カフェモカを優雅に啜る彼女の耳には小さなピアス。弟さんがクリスマスにプレゼントしてくれたらしい。

「名前ちゃん?どうしたの?」
「え?」
「笑ってるから」
「な、なんでもないよ」

そういえば妙もストーカーに会っていたんだった。最近近藤さんはどう?と聞こうとした矢先に妙のスマートフォンが着信を告げた。可愛い顔が般若のように変わる。

「あら。やだ、ゴリラからだわ」
「……」
「粘り強いのよねえ」

妙に彼氏ができれば近藤さんも諦めるはず。彼氏作っちゃえば?といったことがあるが、妙はずっと昔から好きだった人がいるらしい。今でも好きな人。それを聞いて羨ましいと思った。剣道のとても強い人でいつも笑っている人。妙に笑顔を教えてくれた人。会ってみたいと思う。きっと素敵な人なんだろうな。

「ねえ、ちょっと相談なんだけど」

キャラメルマキアートを飲んでいた名前は甘ったるい息を吐きながら妙に相談をはじめた。今日はこの相談をするために妙を喫茶店に誘ったのだ。今日もまた、あの女性が家の前に立っていた。先日大家さんに相談してみたが、一向に解決しない。念のため、大家さんと警察に相談に行ったが、見回りを強化します、と言われただけだった。その旨を相談すると、

「沖田君や土方君に泊まってもらえば?」
「は?」
「ボディガード代わりよ」

確かに効果はあるかもしれないが男の子を家に泊めるのはあまりよろしくない。彼らにも相談するよう言われたがそれは止めておくことにした。本当は高杉に傍にいて欲しいが、彼は忙しい。うーんと唸った名前に、心細いなら今度私が泊まりにいくわ、と妙が行った。その言葉に名前の目が輝く!家に泊まりにきたのは猿飛だけだ。もっと多くの友人に来てほしかった。

「女子だけで忘年会しましょう」
「やった!!他に誰呼ぶ?」
「さっちゃんとか、きゅうちゃんとか」
「声かけてみよう」

二人にLINEを飛ばしてみると日程を聞かれた。妙を相談し、二十八日はどうかと尋ねる。二人とも大丈夫らしい。女子会!そうだ。こないだ買った鍋をやろう。四人なら狭いが寝られる。泊まってもいいよ、と言うと三人とも泊まるとの返事が返ってきた。いろんな話を聞いたい。とくに九ちゃんの恋バナ。


■ ■ ■


午後からの雨が降る中、お気に入りの傘をさして名前はアパートに向かっていた。今朝いた女の人は雨のせいかいなくなっていた。傘を畳んで、ポストを確認する。大抵チラシしか入っていない。今日は空だった。珍しいこともあるものだ。コートについた水気を払い、鞄から鍵を出して差し込む。

「あの……」

か細い声が聞こえる。もしかして、と振り向いた名前の視界には毎日アパートの前に立っていた女性が写った。距離が、近い。暗い目の中に引き攣った顔の自分をみた。

「な、なんですか?」
「ごめんなさい……」

え?体に異物が入り込んできた感覚だけはあった。注射の際、冷たい針が皮膚を貫いてくるような感覚。左の腹部を見ると包丁を握った女の人の細い手がある。刺されていた。痛い。じわじわとした痛みが脳にゆっくり伝わってくる。彼女が包丁から手を離すと力の入らない名前の体はずるずると崩れ落ちて行った。走り去る足音。霞む視界のなか、鞄からスマートフォンを出して救急車を呼ぼうとした。あれ?一一九だっけ?一一〇だっけ?小学生のころから繰り返し教えられた番号だが、どっちが救急車かわからない。たぶん一一九かな…?合っていた。反射的に刺された場所を抑える。

「いきなり刺されて……ええっと…住所は……」

言葉を発するたびに痛みは伴ったが、痛いということは生きているということだ。ぼんやりと壁の染みを見ながら救急車を待つ。五分ほどで着くというが、その五分が長い。落ちそうになる瞼を必死で上げ、助けを待った。寒い。遠くでサイレンが聞こえる。目の前に救急隊員が写ったとき、名前の瞼は落ちた。

病院から大家さんに連絡が言ったらしい。目が覚めた名前が一番最初に目にしたのは大家さんだった。何度も謝る大家に大丈夫と首を振る。ご両親に連絡するね、と言った彼女に少し待ってくれるよう伝えた。幸い傷はそこまで深くないようだ。まだどうして刺されたのかわからない以上、両親を無駄に心配させたくない。そう伝えると一日だけ待つと言ってくれた。大家さんと一緒に警察の質問に答え、医師からの説明を受ける。出血は大したことないが、内臓に損傷が見られるため、腹膜炎に注意すること、とあった。数日は入院らしい。そして犯人はまだ捕まってないらしい。仲のいい友人にだけ連絡はとっておいたら?と言われ、名前は猿飛にメールを送った。着替え等を持っていくから鍵を貸してくれとのこと。一度病院にも来てくれるらしい。やっぱり持つべきものは友だ。

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