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名前の中に巣くっていた神威への恋慕はだいぶ薄くなっていた。暇さえあれば高杉のことを考える。回らない寿司に連れて行ってもらい、夜の公園で、ちょっとおしゃべり。 ぬくぬくと胸の中で育つ感情は名前の顔を緩ませていた。

「もうすぐクリスマスだね」
「そうだね」
「さっちゃんの予定は?」
「もちろん銀さんよ!!!」
「約束取り付けたの?」
「いや、お店に来いって言われて…うふふ」
「そっか」

クリスマスまで仕事だなんて大変だなぁ……いや、待てよ。銀さんが仕事なら高杉さんも仕事なんじゃ…。ガーンとショックを受けた名前は机に顔を伏せた。社会人なんだからしょうがない……でもせっかくのクリスマスに高杉さんは違う女の人と……。名前は初めてジェラシーを感じた。でもこれは高杉さんには言えない。言ってはいけないと思う。大丈夫、大丈夫。でも、今年は天皇誕生日の振り替え休日なのに!

「最近お店には行ってるの?」
「いや全然」
「高杉さんとイイ感じだったのに」
「そ、そうかな」

怪しい、と猿飛は名前の頬をつつく。最後列は体育会系の人ばっかりで彼女ら二人は少々浮いていた。ひそひそと喋る二人以外はみんな爆睡。改めて見ると不思議な光景だ。今週末買い物に行こう、とか課題どこまでやった?とか。全く講義に耳を貸さない二人だった。


■ ■ ■


サークルの飲み会。少し早いが忘年会をしようということで大学の最寄駅にある居酒屋で飲み会をすることになった。コールが連呼され、先輩方がどんどん酒をあけていく。名前は巻き込まれないように隅の方でサラダをつついていた。初めは妙や猿飛と一緒にいたのだが、席がごちゃごちゃになるにつれ沖田と神威と居るようになった。この二人は飲むこと飲むこと。先輩方が名前にフったコールも彼らが何故か飲んでいた。二人の頬が赤い。

「ちょっと飲みすぎじゃない?」
「何言ってんでさァ……まだまだでィ」
「そうだヨ名前。こんなの前哨戦だヨ」

ビール!と神威が声を上げれば女の先輩方の黄色い声が上がる。お酌しにくる先輩の邪魔にならぬよう席を移ろうと腰をあげた名前だったが、神威に腕を取られ、引っ張られ、そのまま彼のもとにダイブするような形になった。目の前には神威のシャツ。抱えられるように抱きしめられていた。

「ちょ、ちょっと神威!!」
「うるさいヨ……大きな声ださないでヨ」
「離して!!」
「静かにしないとちゅーしちゃうぞ」

なんて厄介な酔い方だ。神威の言葉に黙ったもののなんとか腕のなかから脱出しようともがく。背中がわから引き離されたと思ったら沖田だった。目が据わっている。

「ありがとう総……?!」
「名前は俺のメス奴隷でさァ」
「違う!!」

神威に張りあうかのように沖田にぎゅーっと抱きしめられ死ぬかと思った。力が強い。強い。ひゅーひゅーきゃーきゃーと野次を飛ばす前に助けて欲しい。ヘルプ!!と助けを求めたら、沖田の頭にゲンコツが降ってきた。土方君だ。

「内臓飛び出すかと思った……」
「なにすんでさァ土方コノヤロー」
「名前が死にそうだったぞ」

クールだ。クールだよ土方君!!!神威と沖田の傍を離れ土方の近くで飲むことにした。睨んでくる沖田の報復は怖いが、どうせ明日になれば忘れているだろう。数時間後、お開きとなり、解散した。

「名前、もう帰るのー?」
「お酒臭いよ神威。もう帰りますよ」
「ちょっとデートしようよー」
「嫌だよ。もう眠いし」
「お願いっ!!」

酔っぱらった神威が名前の腕を引っ張り駅とは反対側の道を進む。何人かは気付いていたが何も言わずににやにやと笑みを浮かべるだけだった。神威につれてこられたのは小さな公園。ベンチに腰かけた神威は名前を思いっきりだきしめた。名前の脳裏に神威にフラれる前のことが蘇る。あの頃も二人で飲んでこうやって公園で抱きしめあってキスして、手を繋いで…

「ちょ、」
「……懐かしいネ」
「……」
「もう俺のことは嫌い?」
「嫌いじゃないよ。ただ、前みたいな感情はないかな」
「そっか…じゃあ、キスしちゃダメ?嫌?」
「怒るよ」
「嫌ではないんだ」

さっき沖田に抱きしめられた時よりも優しく神威は名前の背中に手をまわす。何を考えているのか。

「もう騙されないからね」
「だましたつもりは無いのに」
「酷いよね、神威って」
「そう?」
「そう」
「じゃあ、付き合おっか」
「……」
「クリスマス、デートしよ。ネ?」

金槌で脳天を殴られたかのように名前の視界は真っ暗になった。なんで。なんでいまさらこんなことを言うの。私は高杉さんと付き合ってるのに。愛されてるのに。本当に酷い。顔も上げない神威が何を考えているのか名前には察しもつかなかった。本気なのか。

「そろそろ帰ろうか」
「……うん」

魂が抜けたようにぼぉっとする名前と手を繋いで、神威は駅への道をたどる。きっと名前を付き合ったら楽しいのだろうな、とも漠然と思った。駅まで戻るとサークルメンバーは誰もいない。ホームで名前と神威は別れた。

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