07

ハンジがリヴァイによって起こされたのは朝日がようやく上がったころだった。久しぶりにまともな睡眠がとれた。カラネス区に入るのだから、できるだけ健康体でいかなければならないとハンジを眠らせるために、昨晩モブリットがハーブティやらアロマやらを用意していた。それが功を奏したようで、ハンジは熟睡することができ、目の下の隈も薄くなっていた。

「行くぞ。おい早く支度しろ」
「わかったって……」

モブリットがハンジの身支度を手伝う。念のため、と立体機動装置のベルトを締め、馬にまたがった。リヴァイは馬を一無でし、素早く馬の背に乗った。少し眠そうなトーマを先頭に、リヴァイ、ハンジ、モブリットはカラネス区へ向かう。休憩を挟むのを嫌がったリヴァイのお陰で予定よりも大分早く到着することになった。

「お腹すいた……」
「そうですね…」
「団長に言えば用意してくださると思いますが……」
「……お前らは飯でも食っていろ。俺は名前の様子を見てくる」

リヴァイの言葉にハンジとモブリットは顔を見合わせる。表情には出ていないが、心配で、心配で仕方ないのだろう。病棟へ向かおうとするリヴァイをハンジは慌てて止めた。

「ご飯を食べるにしろ、名前を見舞うにしろ、まずはエルヴィンに会わなきゃ」

リヴァイはそれもそうだったな、と納得して頷いた。カラネス区のホテルを二階分貸しきって仮本部にしているようだ。トーマがエルヴィンの部屋へと案内をする。ノックをするとエルヴィンが彼らを迎えた。その顔には疲労の色が見える。

「やあ、話は聞いているね?」
「名前は?」
「今は隔離室で寝かせているよ。高熱のせいか食欲もないようで…かわいそうに少し痩せてしまったようだ」
「……湿疹ができたと言っていたが」
「新しいものは確認されていないよ。もしかしたら感染以前にあったものなのかもしれないが、それは意識がちゃんとしている名前に聞くしかない」

リヴァイは眉を顰めた。いくらエルヴィンから話を聞いても埒があかない。自分の目でみて確かめたいのだ。リヴァイはエルヴィンに面会許可を出してくれるよう言った。だが、エルヴィンは首を横に振り、それはできないと困ったように言った。名前は感染病にかかっている可能性があるのだ。そんな彼女にリヴァイを直接合わせるわけにはいかない。

「わかってくれ。今回の壁外調査は、延期ができないのはお前も承知だろう。お前まで倒れられてしまったらとても困ったことになる」
「ああ、わかっている。だがあいつに少し会えればそれで引き下がると約束しよう。俺はその程度の接触で倒れるほどヤワな体はしていない」
「名前は倒れてしまったんだ。その意味がわかるだろう。まだ会わせるわけにはいかないのだよ」

常人よりも鍛えぬかれ、体力もある名前ですら病床にふせるような病なのだ。リヴァイが伝染らないという確証はない。目を鋭くするリヴァイにエルヴィンは妥協策を提案した。

「ガラス越しに彼女を見るだけなら許可を出せる」
「……」
「どうする?」
「了解した」
「ならば医師に伝えておこう。まず君たちは温かいご飯を食べる必要があるようだ」

エルヴィンの言葉にモブリット達は頷いた。空腹の限界だ。素早く手配されたパンとスープに喰らいつき、少々の休息を得た。モブリットとトーマは少し待機するよう命じられる。馬にも餌をやらねばと言い出したトーマに付き添ってモブリットも自分やハンジの馬に餌をあげた。

「他の病人の様子はどうなのでしょう……先ほどもう一人亡くなったと話していたようですが」
「街の人も不安がっているようです。補佐官の病状も良くなっていないようですね」
「補佐官が倒れられているこの状況で壁外調査は危険すぎると思いませんか」

ホテルから少し離れたところにある病院を二人は見た。ホテルの前に立っていると街を歩く人の大半がマスクをつけていた。まだまだエンデミック状態、流行とは呼べない数の感染者だが、いつエピデミックを起こすかもわからないものがあるのだ。予防に越したことはない。

「中で待っていたほうがよさそうですね」
「ええ。何か手伝えることを探しましょう」

モブリットとトーマがホテルのなかに設置された仮本部で仕事を始めた頃、エルヴィン、ハンジ、リヴァイは名前がいる病棟へきていた。名前と同じ症状のものが隔離されているのだ。マスクに手袋を着用した三人を連れて保健医が名前の部屋の扉を開ける。リヴァイは扉のまえのネームプレートに目を移した。

「ここの奥には入らないようにしてください」
「ああ」
「今、起きてらっしゃるか確認してまいります」

部屋の奥にはもう一つガラスに区切られた部屋があった。看護婦が鍵を使いその奥の部屋にはいっていく。ガラス戸の奥にはカーテンに囲まれているベッドがあり、看護婦がそのなかへ入っていった。耳をすますと女の声が聞こえた。だが、何を言っているかはわからない。すぐに出てきた彼女は首を振った。

「意識ははっきりしているようですが、今は会いたくないようです」
「はあ?せめて顔ぐらいみせられねえのか?」
「本人が嫌がっているので、こちらとしても強制はできません」

リヴァイの雰囲気が険悪なものになった。それを察したエルヴィンがリヴァイの肩を抑える前に彼は看護婦を押し退けて開場されていた部屋へと入ってしまった。カーテンを勢いよく開けてリヴァイは横たわる名前の胸元を掴みあげるようにして顔を確認した。

「おい、生きてるか」
「…いま、あんたのせいで死にそうよ」

リヴァイが手を離すと名前の頭は重力に従って枕に落ちた。今にも死にそうな顔だ。げほげほとむせる名前の額を指で押して固定したリヴァイは自分の口元を覆っていた布を剥ぎとって口を重ねて見せた。その光景をみたエルヴィンとハンジは目を覆った。

「これで俺も感染者だろう。だからここに居させてもらう」と宣言したリヴァイはその言葉の通り名前のベッドの側に椅子を置き、腰を下ろした。なにしているのと掠れた声で怒る名前の手を握るリヴァイにもうエルヴィンは何も言わなかった。

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