私の平穏は一人の男によって破壊された。薬師カブトと名乗る少年が大蛇丸様に拾われてきたのだ。普段、新しい部下を拾っても大蛇丸様のアジトに残し、暁にまで連れて来ることはなかった。だから私は自惚れていたのだ。私だけは特別だと。腕環を届けたお礼にいい事を教えてくれると言ったアイツの情報を余裕で聞いていられたのもその日限りだった。翌日、散歩から帰った私の視界に入ってきたのは大蛇丸様の実験をサポートしている私と同い年くらいの少年。普段私がどれだけ頼んでも手伝わせてくれなかった実験を、さも当たり前のようにサポートしている少年は、自らをカブトだと名乗った。彼もまた大蛇丸様に心酔しているのだろう。熱い眼差しで大蛇丸様と話す様子にいたたまれなくなって逃げ出した。自分の居場所が無くなったかのような空白感が胸にぽっかり穴を開ける。いつの前にかいつもの湖に来ていた。
プチ家出のつもりだったのか、無意識に豚の貯金箱とサソリさんがくれた人形?、大蛇丸様から貰った薬草の本を持ってきている。私はもう用済みなのかと思うとボロボロ零れていく涙をしきりに拭いながら、探しに来てくれることを期待してかれこれ半日近く湖の側の木に寄りかかっていたが、全く人の気配がしない。当たりは真っ暗になってきている。帰ろうかな、と腰を上げるとあの少年の顔がチラついて帰りたくなくなってしまう。彼は今夜どうするのだろう。帰らないのならば泊まるのだろう。泊まるのならば大蛇丸様の部屋でだろう。
「また廊下で寝るのかな」
嫌だ。廊下は寒いし痛いし寂しい。涙がじわりと滲んできたから膝に顔をうずめるともふもふした感触が腿のあたりを掠めた。ビクリと反応し、恐る恐るその物体を触るとどうやらウサギらしい。暗闇のなかでよく輪郭が分からないとなると、いつも遊んでる黒いウサギだろう。抱きしめた温もりに安心していると眠りについたらしいウサギから安らかな寝息が聞こえてきた。
「私もね、ウサギさんと一緒なんですよ」
「……」
「寂しいと死んじゃうんです」
キュッと抱きしめるとウサギは嫌がるようにもぞもぞ動く。その毛皮に温もりを求めながら私も眠りに落ちていった。