この部屋に入るたび、一瞬息が詰まるこの感覚はいつまで経っても慣れることはないのだろう。薄暗い部屋のなかでホルマリン液に使った人体のいろんな部分が気味悪く浮いている。昼間ならいいものの夜なんか最悪だ。部屋のなかに居るだけで圧迫感とどこからかプレッシャーを感じるのだから。眉が情けなく下がるのを感じた。
「大蛇丸様ー」
「遅かったわね」
「サソリさんと語り合ってました」
暁の外套を脱ぎ捨てて大蛇丸様の寝台にごろんと横になる。上下逆さまに見える大蛇丸様は何やら新しい薬の調合らしくビーカーを真剣な表情で見つめ、軽く振っていた。淡く発光する紫色の液体は失敗に終わったのか、どす黒い色へと変化していった。ざまぁ、と言う気持ちをこめてクスリと笑えば鋭い眼光が突き刺さる。おぉ恐ろしい。その視線に追われるように、寝台から降りて裸足のまま備え付けの保温庫を開けると、先ほどと同じような液体が試験管に入って並んでいる。それを倒さないように端によせながら目当てのものを探しだした。よもや無いのか、と思ったときに出てきたそれに安堵感。厳重に密閉された袋を開けてストローをさすことで、微かに甘い香りがした。ちゅうちゅうと音を立てて吸っていると実験を終わらせたらしい大蛇丸様が寝台に横になっていた。
「残りが少なくなって来ましたね」
「明後日に任務があるからそれまで我慢しなさい」
「我慢できなかったら大蛇丸様のくださいね」
「死ねばいい」
仮眠を取るらしい大蛇丸様にこれ以上絡むと危険かな、と察知して再び部屋を出て行くことにした。空になったパックを屑入れに投げ込んで向かうはサソリさんの部屋。個人的に仲は悪くないと思っているので気兼ねなく訪ねられるのだ。…向こうがどう思っているのかは知らないが。数刻前に訪れた部屋にリターンすると数刻前と変わらない光景。私に背を向けるサソリさんに近づいても何も言わない。
「……百合の根、持ってません?」
「あ?」
「百合の根」
「あるが、何に使う気だ」
「大蛇丸様の実験に必要なんです」
そう言うとサソリさんは右手ですぐ脇の棚を指す。真ん中の引き出しに手をかけて引くとなるほど百合の根が出てきた。それを一つ拝借し、再びサソリさんの隣に腰を下ろしてその手元をみて時間を潰した。ふわふわしている髪に手を伸ばしてみると、鬱陶しそうによけられる。このちょっとした癖っ毛が好き。大蛇丸様は黒髪ストレートだからサソリさんの赤髪猫っ毛は新鮮なのだ。
「明後日、任務だそうですね」
「ん?あぁ、お前も来るのか?」
「はい」
「……口の端、ついてるぜ」
サソリさんが自身の口を指すからそっとその部分を撫でると、人差し指に赤い液体が付着していた。ペロリと舐めとると甘い芳香。