真昼間の襲撃は難しい。けれども天人の補給がいつ行われるかなんて名前達がコントロールできるわけがない。天人の姿が見えしだい高杉率いる鬼兵隊の奇襲が始まる。それまで特にすることのない坂本達は補給路のすぐ脇にある山のなかで息を殺していた。
「のォ……名前。おんし、探し人は見つかったのか?」
「うん」
名前が戦場にやってきたときも今日のように晴れた日だった。男装した名前がいつから戦場に紛れ込んでいたのかわからない。刀を振って振ってひと段落ついたときすぐ横にいたのが名前だった。見慣れぬ顔に名前を尋ね、自らの陣に連れ帰った。人を探して戦場まで来たと言っていたが、見つかったのか。
「のォ……名前」
「しっ、始まった」
その探し人にあわせて欲しいと言おうとした坂本の言葉を遮って名前は人差し指を口に当てた。高杉の怒声が聞こえる。鬼兵隊は無事奇襲をかけることに成功したらしい。自分たちも移動しなければ。坂本の尻を駆り立てた名前達は鞘から刀を抜いて山の斜面を駆け下りた。不意を突かれた天人たちは面白いほど態勢を崩していく。補給係の背を守りながら名前は鬼兵隊の援護に回るために坂本の隊を離れた。前を走るのは銀時。彼の白い戦装束はすでに血を大量に吸って赤く染まっていた。
「銀時!」
「おっ、名前か」
銀時と荷車の左右から斬りこむ。すでに息が切れ始めた名前と違い銀時はまだまだ余裕の表情だった。数メートル先に五右衛門の姿がある。牛の頭をした天人を蹴り飛ばした銀時が開けた道を走りぬけ、彼に背を預けた。
「後ろは、もうそろそろ、片付いてるはず……」
「撤収は……っ?」
「まだっ」
豚の腹を裂き、鶏の首を飛ばす。銀時が敵の槍を奪って両断しているのが視界に映った。あれが白夜叉。一度に数匹を相手する様子は見るも鮮やかだ。ときどき聞こえる咆哮に鳥肌が立つ。銀時に呼応するように高杉も吠えた。鬼兵隊の士気がみるみるあがる。高杉自身は気に食わないが、そのカリスマ性は認めよう。名前が蛙の背を割いた時、権兵衛の身体が傾いた。腹からの出血が見えた。
「おい!」
彼の後ろから振り下ろされる斧。反射的に五右衛門を突き飛ばし、自らの体も後方にのけぞらした。大きい。他の天人に比べて体格が倍以上も違う。背の丈は三メートルほど。逃げるか…?再び振り下ろされた斧を鞘と刀、両方を使って受け止め、名前は歯を食いしばった。地面に足がめり込んでいく。
「名前っ!」
高杉の一閃がその天人の耳を弾き飛ばした。力の抜かれた斧から身体を逃がし、喉元に刃を突き立てる。遠くから「撤収!」の声が聞こえた。殿は銀時と高杉、鬼兵隊の数名が務める手はず。名前は負傷者を連れて山の斜面を駆けあがった。滲む汗。
「もう少しだからな。しっかりしろ」
今日の戦利品の中に薬もあるはず。呻く仲間を鼓舞しながら名前は足を進めた。合流場所につくと坂本と桂の姿があった。ここから寺まで数キロあるが、一旦ここで負傷者の応急処置をするという。見張りとして周囲を徘徊することになった名前はこちらに近づいてくる一団に息を殺した。
「お疲れさま」
血まみれの彼らは景色と同化しているようで名前は目を細めた。殿役の彼らを連れて合流地点に戻った。腹を斬られたわりに元気な権兵衛は名前と高杉の姿を見るなり立ち上がろうとして怒られた。仕方なくこちらから近寄ると助けてくれてありがとう、と。無言で頷いた高杉は他の負傷者の元に行ってしまった。
「怪我の具合は?」
「内臓までは斬られてないってさ」
「へー」
坂本に呼ばれた名前は権兵衛から離れた。幸い命にかかわるような怪我をした人間はおらず、寺に戻ることになった。補給物資を広げ、整理する。大筒を手に入れた桂はご機嫌だった。坂本はピストルに興味を示し、銀時は食料を物色する。高杉は物資には目もくれず刀の手入れをしていた。そんな彼の隣に名前は腰かけた。
「お前が斬ったあの天人には鬼兵隊の奴らも何人か殺されてたからな。仇討ができて清々すらぁ」
「……あれは高杉が殺したようなもんでしょ」
「ふん…」
「あの刀の持ち主って死んだんだよね」
「あァ。二か月前の戦でな。その天人も俺が斬った」
その言葉を聞いた名前は大きな声を上げて笑った。気でも狂ったかこの女は。何が面白いのか。腹を抱えて手で畳をばしばしと叩く。彼女の手が畳を打つたびに小さな埃が舞った。笑うだけ笑って満足した名前はおもむろに立ち上がって部屋を出て行った。
「おい!」
「……どーもありがとう高杉」
高杉の声に振りかえった名前は半泣きの顔で笑顔を作り高杉にお礼を言った。その姿は治療用に当てられた部屋に消えた。おかしなやつだと首をひねる。不思議なことにどんなに気に食わない相手でも一回戦を共にすれば奇妙な連帯感が生まれる。桂がいい例だった。昔からやることなすこと言うこと全てが気に食わない奴だが、仲間だと思っている。
名前が廃寺から姿を消したのは翌日の朝だった。