06

胸がむかつき吐き気がする。喉が渇き頭も重い。典型的な二日酔いだろう。額に手を当てて重い上半身を起こした名前は胸元の風通しの良さに違和感を覚えた。目を開けて胸元を見る。捲いていたサラシは腹のあたりでとぐろを巻いていた。着流しの袷は閉じておらず、ふくよかな乳房を惜しげもなく晒しだしているような状態だった。腹のあたりに小さな鬱血痕。とりあえず袷を閉じて、周囲を見回す。

「やらかした……」

自らの腕を枕にして寝ている高杉をゆすった。おい、起きろ。唸り声を上げて目を開けた高杉は眼の前に名前がいることに顔を顰めた。朝から嫌な気分だ。同じように名前も顔を顰めてとにかく起きるよう言う。左手をついて起き上がった高杉は名前の睨むような視線を受け止めた。名前は高杉の机に置かれた刀に手を伸ばそうとするも振り払われた。

「んだよ」

自分にあてがわれた部屋に何故名前がいるのか。二日酔いではないがすっきりしない頭で物事を考える気にもならず二度寝の体制に入った。そんな高杉にかける言葉は持っていない。脇腹を一発踏みつけた名前は部屋を出て行った。歩くたびに内腿に伝う液体は確認するまでもない。人の目がないことを確認して裾を乱し、軽く拭った。すれ違う野郎はみな久しぶりの酒で情けない顔をしている。

「銀時。あたしが着てきた着物は?」
「あァ?あれなら……」

銀時の姿を見つけた名前は彼に近寄り着替えの在り処を聞いた。彼が指差す先には干された着物。礼をいい、その着物を回収した名前は木の陰で着替えた。今まで着ていたものは後で洗えばいい。サラシをしっかり巻いたところで名前は昨日の夜の記憶を手繰った。限界が近いから宴会場から抜けだし、どこかの部屋で寝ようと思った。空いている部屋を探す過程で厠から帰ってきた高杉とすれ違い、喧嘩になり…?そうだ、取っ組み合いになり、お互い体に酔いが回り過ぎたときに高杉が誘ってきたのだ。

「おい、名前」
「うっわびっくりした。桂か」

井戸を眺めていた名前に桂が声を掛ける。彼は二日酔いにならなかったらしくいつものように凛々しい表情で朝の挨拶をしてきた。同じように挨拶を返すと竹筒に入った水を渡される。一気に飲み干すと身体が少しだけまともになった気がした。

「坂本も使い物にならんな」
「今襲撃されたらたまんないね」
「物騒なことを言うな」

名前は床で寝たため凝り固まった筋肉を解そうと肩や首をまわす。朝の宴会場に名前の姿が見えなかったため、探しにきた桂だったが、何事も無かったようで安心した。軽くストレッチをする名前の後ろから高杉が歩いてきた。顔を洗うために井戸の水を組み上げ勢いよく頭にかける。犬のように頭を振り、小さく甲高いくしゃみをした。

「餓鬼みたい」
「あんな恰好でうろつくと風邪をひくだろうに」

名前と桂が想い想いの感想を述べると彼らに気が付いた高杉は髪を掻き上げながらやってくる。そっぽを向いた彼女の首につけられた赤い印が高杉にはくっきり見えた。

「ちょっと来い」

乱暴に名前の腕を掴み、自室へと引きずっていく。二度寝後の頭は昨日のことを鮮明に覚えていたのだろう。乾いた音を立てて閉められた障子に凭れ掛かるようにして名前は高杉の言葉を待った。お互い子供ではない。そこまで気にすることはないと名前は思うが高杉はそうではないらしい。意外に紳士なのか。いや、紳士ならそもそも手を出してこない。

「あれか、確認するが、……あれか」
「お互い気にしないことにしましょ」
「……」

高杉の視線は名前の胸元から上がり、その首の鬱血痕にたどり着いた。間違いなく自分が付けたもの。頭を抱えそうな高杉の様子に名前の眉間が寄った。毛嫌いしていた名前と一晩すごしてしまったことが衝撃的なのか。それとも、まさか、初めてだったとか。名前は処女でない。だから高杉がそんなに落ち込むことはないのに。

「みんなには秘密ね」

障子を開け放って出て行った名前の背を呼び止めるようなことを高杉はしなかった。あの女相手に馬鹿みたいに溺れていた自分を殴りたい。酒の勢いということもあったが、お互い判断能力は残っていた。その上で及んだ行為だ。謝るのは彼女に失礼な気がした。仰向けに寝転がり、ところどころ穴の開いた天井から空を見る。名前の嬌声が耳の奥で鳴っているようだった。


■ ■ ■


その日の夜の作戦会議。自軍が敵の十倍の戦力であるならば、敵を包囲すべき。五倍の戦力ならば敵軍を攻撃すべき。敵の二倍の戦力ならば、相手を分断すべき。互角ならば撤退前提で戦うべき。小兵力しかないのに大兵力に戦をしかけるようなことは普通しない。だがこちらが取る戦法はゲリラ戦だ。敵の軍備が彼らの主な供給源。敵の連絡路を襲い、敵の作戦基地を襲撃する。今日の偵察隊が天人軍の姿を数十キロ先で見かけたという。恐らく先日の戦いの補給。狙わないわけがない。

「鬼兵隊が初撃を加えて敵の総戦力をあぶり出し、後方から俺の隊と坂本の隊が挟み撃ちにする。あとの物は物資の略奪だ」

大きな半紙に書かれた地図には地形が詳しく書かれている。坂本の隊に戻ることになった名前は特に注意深く聞くことも無く地図ばかりを見ていた。撤退経路だけ押さえておけばいいだろう。首をぱきぱきと鳴らした名前は静かに部屋を抜け出した。

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