武士だけでなく、農民や町人も積極的に受け入れることで有名な鬼兵隊。鬼兵隊の総督である高杉が農民や町人にまで声を掛けるのは泰平の世で堕落した武士よりも志を持った彼らの方が使えると思ったからだ。戦では士気が何よりも重要なものとなる。それと、戦には頭数が必要となるから。先日の戦で減った人数を補おうと高杉は近隣の村を回っていた。高杉の腰にさされた刀に顔をしかめる村人も多くない。本日三つ目の村に足を踏み入れ、この村に腕の立つ奴はいないか、と聞いた高杉に村人は一様に同じ名前を口にした。数日前からこの村に居座っている、流れ者の浪人らしい。
「そいつはどこにいる?」
「庄屋さんのとこにいたみたいだけどねェ。どこで何してるやら」
足に纏わりつく子供を軽く蹴散らし、高杉は引き連れてきた新しい仲間を振りかえった。今日で八人。まあまあ集まった。また来ればいいと、庄屋に言伝を頼み、高杉は陣へと引き返すことにした。増えた仲間を歓迎するものもいれば、食い扶持が減ったと嘆くものもいる。腹が減ったとうるさい銀時に村人からもらった米俵を投げつければ銀時は怒りをあらわに掴みかかってくる。鬼兵隊連中が高杉をかばうように前に出ればわらわらと野次馬が集まり桂の一喝が飛ぶ。今日の夕飯は久しぶりの白米だった。
戦場で死体を漁っていた名前を捕まえたのは銀時だった。仲間の死肉を漁られては目覚めが悪い。自らの過去と重なる部分もあって連れてきたのだが、当の本人と言えば不躾な態度で銀時の差し出した木の実をかじっていた。銀時も捕まえたのはいいものの、どうしていいか分からない。なけなしの非常食を与えながらどうするべきか思案していた。
「お前帰る場所は?」
「あると思う?」
「思わない」
「そういうこと」
「お前女だよね」
「そう思う?」
「うん。俺の股間のセンサーが反応してる」
「うっわ」
あっちにいけとばかりに追い払う仕草をした名前に銀時は軽く彼女の頭に拳を降ろす。ごちんと音がした。彼女が男なら桂の元に連れて行ったのだが、生憎、女だ。自ら志願してくるならばまだしも、連れて行くのは気がひける。放っておけばいいのだ。彼女が死体を漁ろうが、飢え死にしようが。それができないのは銀時がお人よしだからだろう。
「ご馳走様」
「おう」
「じゃあ、あたし行くわ」
「……行く場所あんのか?」
「あるよ」
歩いていく彼女の姿に幼い自分の姿が重なった。しかしどうにもならない。仕方なく銀時は彼女に背を向けた。荷物を抱えて戦えるほど状況は甘くない。同い年くらいの女がこの先生き延びられることを願った。
桂は地図を買うために町に降りていた。戦略を巡らすにはまず地形を把握しなければならない。古本屋で地図帳を見比べる桂は血の匂いに顔を上げた。数冊の本を律儀にも元にあった場所に戻した桂は表へと出る。喧嘩だ。男と女。痴話げんかにしては物騒すぎる。抜刀するその横顔に見覚えがあった。
「おい!何をしている高杉」
「……ヅラか」
「やめんか…貴様も剣を引け。こんなところで無暗に抜刀するな」
桂が声を張って二人を叱咤した。一体何があったというのか。町人の冷たい視線を浴びながら桂は高杉に理由を聞こうとする。眉間に皺を寄せ、口を堅く結んだ彼は酷く苛立っていた。そんな彼を挑発するように見るのは女。ここで桂に揉めた理由を話してもいいが、それはなんだか告げ口するようで気が引けた。
「それじゃあ、あたしはこれで」
「おい待て、刀置いてけ」
「コレ……気に入っているの。何度も言わせないで」
その刀は派手な装飾が施されていた。それに桂も見覚えがある。数週間前仲間の一人が自慢げに見せびらかせていたからだ。それで合点がいった。
「それはお前のものか?」
「今はあたしのものよ」
「……持ち主に返してもらおう」
「あなたもそこの彼と同じことを言うのね。死体に口なし。あたしのものよ」
ぷいっと顔を背けた名前に高杉の堪忍袋は限界を告げる。あれは高杉の部下のものだ。鬼兵隊結成前からの仲間の遺品。何故この女が持っているかは知らないが、返してもらいたい。力ずくで奪おうとして流血騒ぎになったのが先ほどの出来事だ。まさか相手が抜刀して反撃してくるとは思わなかった。軽く切った腕から血が滴っている。
「これは戦利品だから」
好戦的に笑う彼女に挑発されて高杉も刀を抜いていた。そして騒ぎを聞きつけた桂に止められた。事情をなんとなく察した桂はどうにかして彼女から刀を返してもらおうと説得するが聞く耳を持たない。薄汚れた格好をした彼女と豪華なその刀は不釣り合いだった。
「ヅラ、この女には何を言っても効かねェよ」
「だが女子に手を上げるわけにはいくまい」
「はっ」
そんなもの関係ないとばかりに鼻で笑う高杉。武士道とはなにかを説きだした桂を鬱陶しそうに払い、とにかく刀を奪取しようと彼女に刀を向けた。殺すつもりはない。刀を弾き飛ばして、鞘を奪えればいい。止めようとする桂を軽く突き飛ばし、高杉は名前に斬りかかった。