05

ベッドに上り込んできた飛段の胸には見慣れないネックレスがあった。丸の中に正三角形が描かれている不思議な紋章。いう事の聞かない身体は簡単に引きずられ、もとの定位置に戻されることになった。ただ飛段との距離が前より近い。そして引っ張られた手首の激痛に涙がでそうだ。

「なあ名前。外の世界はずっと楽しいぞ。刺激もたくさんあるしな!」
「あんたがいるだけで刺激的だったわよ…」
「じゃあ俺がもっとお前に刺激をやるよ。だから来いよ。ジャシン教もお前を歓迎するぜ」
「……」

このままでは埒が明かないとはわかっている。わかってはいるが、決断できない。里抜けすれば一生、犯罪者だ。何より父さんや母さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。飛段か、里か。どっちも捨てられないのも仕方無いとおもう。痺れをきらし始めた飛段が再び鎌を私の首に押しつける。ピンクの目がギラギラと輝いていた。このまま黙っていたら無理やりにでもさらわれるのか。それとも見切りをつけられて殺されるのか。

「答え、明日じゃダメ?」
「だーめ」
「……」
「つかお前に拒否権ねーじゃん」
「は?」
「別に俺はお前に一緒に来てくださいなんて頼んでないよな?お前が来なきゃ両親殺すって言っただけだよな?」
「まあ、そうだね」

あ、確かに拒否権ないじゃん。疑問形ですらなかった気がする。偶然か否か走らないけれど、駆け引きで飛段に負けるなんて。いや、でも飛段が母さんと父さんを殺せるか…。五分五分かな。いまの飛段ならやりかねない気がした。

「朝までに出たいんだよ。早くしろ」
「行かないって言ったら?」
「お前、何度言わせんだよ。お前の両親をジャシン様に捧げて、ついでにお前の足ぶった切ってでも連れてくよ」

なんかオプション増えていないか?段々会話に疲れてきた私は睡魔に襲われてきた。欠伸を殺しもせず発し、ついでに布団にもぐりこむ。全てが馬鹿馬鹿しくなってしまった。勝手にしろ。

「おいおい」
「もう好きにしていいから」

うっすらと瞼を開けて飛段を見ると予想外なのか戸惑うような表情をしていた。笑いをこらえて布団に顔を埋める。狸寝入りを決め込んだ私を、そっと抱き上げる飛段の手つきに声が漏れそうだ。慎重に、恐る恐る。上から「あーちくしょう」とか「くそっ」とか小さな悪態が聞こえてくるのはご愛嬌としよう。窓から飛び降りたらしく、病院着のままでは肌寒い秋の空気だった。

「重…くはないか。お前も成長して重くなった筈なのに、前よりも軽く感じるのはなんでだろうなあ」

裸足のパジャマだけで秋の夜は寒すぎる。ぬくもりを求める体は飛段の首へと腕を伸ばした。それはあんたも成長しているからだよ。願わくば、その成長が身体と頭だけではない事を。


漆黒のコートに赤い雲が描かれた外套を中途半端に身を纏った飛段はご機嫌そうに蕎麦を啜っている。その隣で親子丼を食べる私が言えた義理ではないが、馬鹿じゃないのかコイツ。自分が手配書も回っている犯罪者だと知っているはず(何度も言った)なのに、白昼堂々と定食屋で食事。しかも入り口に近いカウンター席。せめて奥の方にしようよ、と言う助言は意味も無く却下された。捕まっても知らないんだからね。私も一応抜け忍として手配されている身だから気をつけなければいけないのだが、それは置いておこう。サービスで出されたお茶を、一口飲む。

「飛段。前から言いたかったんだけどさ、私、飛段と二人旅するかと思って、それならいいかな、って大人しく出てきたの。」
「…ふーん」
「だからね、あんなS級犯罪者だらけの集団に入るなんて知らなかったのよ」
「ふーん」
「一人で勝手に入るのは構わないけどさ、私を巻き込まないでちょうだい」
「…細かい事は気にすんなよ」

そう言って飛段は私のカツ丼の上に七味唐辛子を振った。お返しに、と蕎麦の上に振りかえしてやる。そりゃあ、今更どうにもできないのは分かっているが、せめて私の待遇をどうにかして頂きたい。周りがS級犯罪者だらけで肩身が狭いと言うか居心地が悪いと言うか。恐怖の二文字に尽きる。飛段の任務についていくのも怖いが、アジトで待っているのも怖い。前者は肉体的に、後者は精神的にだ。

「外で一人暮らしとか出来ないかなあ…」
「はあ?」
「怖いんだもん。私って戦闘より後方支援派だし」
「お前、いつからそんな腰抜けになったんだ?」

半目で飛段がじろりと睨む。腰抜けとは何だ、失礼な。私の予定では飛段と二人旅しながら賞金稼いで生きて行くはずだったのだ。それが、どうして、あんな組織に。里を出てから飛段と自由にいた時間は僅かの3ヶ月。思い返して溜め息がでた。チラッと隣を見ると、蕎麦の汁まで完食した飛段が私のカツ丼を物欲しそうに見ている。こいつは本当に変わらない。

「…食べていいわよ」
「うっしゃ名前愛してるゥ!」

心の籠もっていない愛の言葉も何回聞いたことか。四分の一しか残っていないカツ丼を直ぐに完食した飛段は財布から二人分のお代を机に置く。そしてご馳走様と手を合わせた。

「アジトに戻るの?」
「いや、もうちょっとブラブラしようぜ」
「別にいいけど…」

何処へ行くでも無く、立ち並ぶお店をゆっくり見ていくだけの時間潰し。飛段の横を歩きながら、彼の背がまた伸びたことに気づいた。私の成長はもうとっくに止まっているのに飛段はまだ少しだけ伸びている。努力でも追いつけない、この差が何よりも嫌だった。昔は私の方が背も高くて強かったのに。

「名前」
「ん?呼んだ?」
「心配すんな」

その言葉に少しだけ照れた。守ってやる、と言わない飛段の優しさを私は知っている。本当は優しい飛段。離れようと思えばいつでも離れられるのに、それをしないのは紛れも無い私の意志である。恋人でも無いのに側に置きたがる飛段の心境は未だに理解できないが、飛段の隣は居心地がいい。怖かろうが不安だろうが、唯一の居場所なのは確か。きっとこのままじゃ、死ぬまでコイツの隣に居るんだろうなあ。返事を返さない私を少し不安そうに見る飛段に向かってにやっと笑う。

「今日の夕御飯、スペアリブにしようか」

コーラで煮ると柔らかくなるとか昨日のテレビで言っていた。途端に嬉しそうな雰囲気を醸し出す飛段に、つくづく私は甘い。イタチさんには悪いが、飛段好みのこってりスペアリブだ。また嫌みを言われるんだろうなあ。でも、まだもう少し、コイツと一緒に居るのも悪くないかも知れない。

END

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