20

駅まで阿伏兎を送り、家に帰ってきた名前と神威はコンビニで買った飲み物や明日の朝食を冷蔵庫にしまった。色々と部屋の中を覗く神威を座らせ、「課題するんでしょ」と名前は言う。

「それにしても殺伐とした部屋だね。女子大生の部屋っていったらもっとこう、温かいと思ったヨ」
「大きなお世話。ほら、さっさとやっちゃおう」
「ヤるの?」
「課題とどうぞ」
「つれないなァ」

コンセントに充電器を繋いで課題の続きを始める名前を神威は見つめた。視線が刺さる。こういうときテレビかなにかで気を紛らわせればいいのに。部屋は無駄に静かでその分相手が気になる空間だった。気まずい。名前が無反応なのを見た神威は大人しく課題に手を付け始めた。時計の長針が百八十度回ったころ、名前の手が止まる。首をまわせばバキッっと酷い音がした。その音に神威が顔を上げる。

「……紅茶かコーヒーでも飲む?」
「ココアがいいな」
「わかった」

神威のリクエストに応じてココアを淹れに行った。ミルクココアでいいだろう。薬缶に火をつけ、マグカップにココアの粉末を入れる。壁に背を凭れさせた。少し心臓がどきどきする。胸が熱くなって泣きそうになる。まだ神威のことが好きなのだ。この壁一枚隔てたところに神威がいる。二人っきりで長いこといればあの感情が再発するのは分かっていたのに。もしも、一夜の過ちがあったとしたら。そしたら神威は自分だけのものになってくれるだろうか。頭のなかでらせん状に回る繊細な感情が目頭から溢れそうになった時、名前のスマートフォンに着信が入った。

「……もしもし」
「よォ」
「高杉さん……どうしたんです?」
「明日の夜、開けとけ」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあな」

ぷつっと電話が切れた。もっと泣きそうになる。名前の限界を表すかのように薬缶がピーッと警戒音を発した。慌てて火を止め、目をしばらく閉じる。神威の前でいつもどうり振る舞えますように。お湯でココア粉末を溶かしたあと牛乳を入れ、レンジで温める。できたミルクココアを神威の前に置いた。

「ありがと。名前は課題終わったの?」
「うん」
「ちえっ」

拗ねたような顔をする神威に名前の胸は懲りずに高鳴った。かっこいいから、しょうがない。神威のどこがいいか、と聞かれた場合、トップ3に顔は入る。高杉の妖艶さとはまた違ったかっこよさ。今度は神威の課題に取り組む姿を名前が眺めた。

「惚れ直した?」
「ううん」
「……」
「かっこいいよね、神威って」
「そうかな?」
「うん。ベビーフェイス」
「……」

褒めたのに神威はお気に召さなかったようだ。ふいっと顔を下に向けてかちゃかちゃとキーを打ち始めた。それをぼんやりと見る。普段自分が座っている席に神威がいるということにあまり違和感を感じなかった。

「終わったヨ」
「あ、終わったの」
「ふぁぁああ……今何時?」
「一時ちょっと前かな。シャワーはどうする?」
「ちょっと借りるよ」
「はーい。シャンプーとか適当に使ってね」

なんだか新婚さんみたい、というセリフは喉の奥に押し込んだ。パソコンを閉じた神威に名前はバスタオルを渡した。浴室に消えていく神威のおさげを見送る。ひょこっと神威が顔を出した。

「一緒に入る?」
「馬鹿」
「嘘だヨ……覗かないでネ」
「誰が覗くか!!」

フェイスタオルを神威の顔面に投げつけた。顔の直前でキャッチされ、笑顔が引っ込んでいく。誰が覗くか!クローゼットの下からまだ一度も使っていない布団を引きずりだし、並べて引いた。…近い。部屋が狭いから仕方ないが、近い。名前が唸っていると軽くシャワーを浴びてきた神威が出てきた。濡れた髪が降りている。

「どーも。名前も入ってきたら?」
「あ、うん。ドライヤーはその棚にあるから」
「はいヨ」
「……覗かないでね」

さっきのお返しとばかりに言うと「さあネ」と返ってくる。覗かれない、と言い切れないのが神威だ。念のため浴室の鍵をかけてシャワーを浴びた。何もないと思いつつ、なにかを期待するように体中を隅々まで洗った。少しばかり心拍数が早い。蒸気で霞む鏡をシャワーの水で流し、ぼんやりと鏡に映る自分の姿を見つめた。最後に冷水を体に被せ、バスタオルで水気をとった。一応下着にも気を使っている自分がいる。歯を磨き、神威の待つリビングに向かった。神威のぶんの簡易歯ブラシも出した。

「神威、歯ブラシだしといたよ」
「おーありがと……なんか新婚みたいだネ」
「……」

神威の言葉を黙殺した名前は一足先に布団に入ろうと思った。今に戻るとやけにくっついた布団。無言で離した。名前の心情的にいたずらの範囲を越えそうだ。戻ってきた神威は離された布団を見て舌をだす。電気を消した。

「おやすみ」
「え?もう寝ちゃうの?」
「夜更かしは肌に悪いの」
「女性ホルモン出ると肌にいいんじゃなかったっけ?」
「そうなの?」

神威に背を向けていた名前の背中を神威はなぞる。くすぐったい。もぞもぞと神威が近づいてきたのが気配で分かった。背中に文字が書かれる。最初の二文字は『名前』。『こ』『っ』『ち』『む』『き』『な』『ヨ』。少しためらった。

「名前」
「……なに」
「こっち向いてヨ」
「嫌」

布団から起き上がった神威が名前の布団を剥いだ。慌てて取り返そうとする彼女を抑え、のしかかる。

「ちょっと!」
「だって名前、構ってくれないじゃん」
「何時だと思ってるの!もう!ホラ、自分の布団に戻ってよ!」
「あれ?名前の顔赤いよ?照れてる?」
「赤くないし、そもそもこんな暗いなかじゃわかんないでしょ」

ごろん、と自分の布団に戻った神威に名前は自分の胸を気付かれぬように抑えた。神威はやっぱり酷い。好意は好意でも、名前の求めた好意と神威の与える好意は違う。だからこそ傷口が疼く。固く目を閉じ、名前は眠気を引き寄せた。

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