09

こんな時に何をしているんですか、と一喝入れたかったが、自来也様が瞬きの間に女性を気絶させたのを見て、声を押しとどめた。ちゃんと状況は承知しているようだ。自来也様の目が鋭くなったのを見た私は、嫌な汗を流した。気持ちばかりが急いてしまう。

「うちはイタチがナルトくんを追っているようです」
「宿に戻る。ついてこい」
「はい」

女性を肩に担いだ自来也の後を追い、走ること約五分。こじんまりとした宿についた。二階へと上がる彼の背中が止まる。大きな背中と狭い廊下のせいで前が見えなかったが、誰かが居るのは分かった。嫌な感じがする。固くなった体をほぐすように軽く手を握っては開いて、を繰り返した。自来也様の背中から廊下の様子をうかがうと、いつの間にか口寄せのガマガエルがでている。印を結んだことに気付けなかった。

「お前ら、わしのことを知らな過ぎるのォ。男自来也、女の誘いに乗るよりゃ、口説き落とすが滅法得意…てな」
「「「……」」」
「女の人のウィンクなんてベタな攻撃で興奮してたくせに!かっこつけてる場合かこのエロ仙人!」

ナルトの言葉に軽くうなずいた。自来也様から女の人を預かり、彼の邪魔にならぬようそっと端へよった。助太刀無用と自来也様の目が伝えている。私もイタチや鬼鮫相手にするよりも、二人の後ろにいるサスケが気になる。隙を見てサスケのところへ行こう。このままでは危険すぎる。イタチの後ろに立っていたサスケと目が合ったと思ったら、彼の口がゆっくりと開いた。

「手ェ…出すな……こいつを殺すのは、俺だ…」

左腕の様子がおかしい。手がやられては印も結べないというのに。イタチとサスケの間に飛び入ろうとした私を自来也様が片手で制した。これはサスケの復讐だ。これに方がつけば、サスケは木の葉で過ごせるだろう。修羅を抱えるサスケは木の葉では異端すぎている。それは何度も感じたこと。暗澹とした憎しみを抱えながら、木の葉で過ごすことはできない。サスケを見ると、イタチに一方的に蹂躙されていた。…やっぱり勝てるわけがない。

「うああああああああああああああああああああああ!!」

サスケの絶叫が聞こえてきた時、私の足は床を蹴っていた。鬼鮫の攻撃をいなし、イタチの背中に忍刀を突き立てようとする。ワンテンポ遅れてナルトが駆けだしたのをみた。来ちゃいけない。鬼鮫の刀が振り上げられた、と思ったとき、私の足に生暖かい何かが絡みついていた。左手に持ったイタチのクナイと私の刀は交差している。片手なのに、拮抗しているサスケが肉の壁に呑みこまれているのが見えた。

「忍法蝦蟇口縛り」

自来也様の声が聞こえる。同時に廊下が、壁が肉に変わっていく。気持ち悪さに顔が引きつるのがわかる。イタチの眼は私を見ていなかった。歯牙にもかけていない。それが腹立たしくて一層の力を込めた。足がずぶり、と埋まった。

「鬼鮫、来い」
「逃がすかっ!」

刀を引いたイタチを追うように忍刀を振りかざし、間一問に引いた。忍術で勝てる気がしない。ならば、得意の剣術で。イタチのクナイを躱し、次いでくる火の玉を躱したところで、後ろから衝撃が走った。干柿鬼鮫の刀に背中を抉られた。倒れ込むのは肉の壁。うへえ。

「!」

自来也様の足が見える。倒れ込む私を通り越した彼はイタチと鬼鮫が去った方へ走り出した。後を追うのはナルト。背中が痛い。壁からでてきたサスケを受け止めてほっと息をついた。骨折と…骨折より精神ダメージが大きいだろう。帰ってきた自来也様にそう告げれば彼も同じ見立てらしく小さく頷いた。

「ダイナミック・エントリー!!」

サスケとナルトの体を抱え、横に飛ぶ。横目で先ほどまで自分たちがいた所をみると、自来也様がガイさんの攻撃を思いっきり食らっていた。

「あれ?」
「なにやってるんですか、先輩」
「いや、手鏡を忘れてな…」
「馬鹿ですか?」

サスケを医療所に運びます、といった私にガイさんが付きそうと言ってきた。私の肩からサスケをおろし、ガイさんが背負う。ナルトに緑色の全身タイツを渡したのを見て白い目を向けた。置いて帰りたいが、サスケが彼の背中にいる。きっとサスケの意識があったら死にもの狂いで抵抗しただろう。私も嫌だ。尊敬する先輩でもあるが、嫌だ。

「名前!ダッシュで帰るぞ!」
「嫌です」
「そろそろ年か?」
「ぶっ潰しますよ先輩」
「…少し話すか」
「ええ」

走りだそうとしていたガイさんは大人しく歩幅も緩めた。しばらく無言で歩く。お互い言いたいことはあるのだろう。それをどう切り出そうかお互い探り合っている。コツンと小石を蹴って歩く。爪先を眺めていた視線を上にあげると雨でも降りだしそうな雲がかかっていた。

「…カカシの状態はどうなってますか」
「変わってないな」
「そうですか」
「名前、カカシと何かあったのか?」
「いや、特に」
「本当か?」

目を合わせてくるガイさんを押しのけるようにした。無駄に鋭い。戦場では頼りになるその感覚も今では何とも言えないものだ。ガイさんの肩越しにサスケが見える。理想、そう、理想だ。


綱手様がまだ眠るカカシの額に手をあて、チャクラを流し込んだ。ようやく目を覚ましてくれる。私には十分すぎるほど考える時間はあったのだ。任務に忙殺されそうになる自分の気持ちを整理して、決めた。あとはカカシに伝えるだけ。カカシの瞼が震え、瞳が見えた。

「おはよう」
「…名前」
「待ちくたびれちゃった」
「すまない…」

カカシの手が私の頬に伸び、軽く撫でる。後ろから綱手様の咳ばらいが聞こえた。すっかり二人の雰囲気になっていたが、私の後ろには綱手様もガイさんもまだいたのだ。軽く赤面する。

「たかだか二人の賊にやられるとはお前も人の子だねェ。天才だと思ってたけど」
「こんな奴のことより次は我が弟子リーを見てやってください!」
「…カカシには私が付き添いますので」

その言葉で二人はででいった。沈黙の病室。落ち着いたら、ちゃんと話そう。そう言ったのはもう数週間前だ。いつ死ぬかわからない忍の世界を改めて実感した。あまり時間は無い。私も任務の合間に来ている身だし、カカシにもすぐ任務が来るだろう。

「カカシ」
「うん?」
「別れよう」
「…そっか」

コンコンと窓から音がした。小さな鳥が二羽。召集用の鳥だ。起き上がろうとするカカシに手を貸し、ジャケットを着させた。思ったより早い。起きて三十分もたたずに召集とはこの里がいかに危機に瀕しているかよくわかる。

「名前」
「……」
「少し時間をくれ」

頭にぽんと手をのせ、カカシは疲れたように笑った。こんな時に切り出してしまって申し訳ないと思う。俯いた私の顔はきっとカカシからは分からないだろう。でも、カカシは私情を任務に引きずる人ではないとおもう。後悔はしない。これで、いいのだ。何故か泣きたくなる衝動を抑えて前を見た。区切りはついた。気合いを入れるように鋭く息を吐いて、小さく吸う。病室の壁の白さが、目に沁みた。


■ ■ ■


カカシの家からアカデミーの教員寮に移った私を木の葉病院に呼びだしたのはサクラだった。先日の砂影救出任務では大活躍だったとか。そう褒めるとぎこちなく笑って、そんなことは、と小さく言った。今日呼びだされたのは何か。木の葉病院をチラチラみるサクラに首を傾げた。

「カカシ先生が入院しているんです」
「そうだったの…折角だし、お見舞い行こうかしら」
「あの」
「ん?なに?」
「聞いていいことなのか、わからないんですけど」
「どうしたの?」
「名前さんとカカシ先生ってどうして別れたんですか?」
「……」
「すみません」
「いや、いいのよ。そうだね、簡潔に言うと…理想のせいかな」
「理想?」
「サクラちゃんはまだサスケくんのことが好き?」
「…はい」

サクラの目が伏せられた。意地悪をしてしまったかもしれない。ピンクの髪が木の葉の風に撫でられて綺麗に光っている。憂う少女の美しさ。放っておけない儚さ。カカシが昔言っていたかもしれない。

「それがどんなサスケくんでも?」
「……」
「大蛇丸と一緒にいる彼は犯罪者よ?それでも、好き?何年もあってないのに、まだ好きだと言える?」

一つ一つの質問をゆっくり、彼女の心を抉るように尋ねていく。サクラはそれでも私の目から視線をそらさなかった。

「それでも、好きなんです」
「彼が正義じゃなくても、何年も離れてて、彼の心なんてわからないけど、好きなんです」

頑固たる意志がその目には込められていた。素直に羨ましいと思った。彼女の想いは本物だ。私がサクラから目をそらした。今の私に彼女はまぶしすぎる。サクラと私は違う。私は自分の理想から外れたカカシを愛せなかった。そもそも愛していたのかすら怪しい。恋とはなんであったか。それを語るには年を取り過ぎた。サクラと同じ年齢だったら自分の思いどうりに、それこそ未来なんて考えずに恋をできた。理想は未来に直結しうるものだから。

「カカシ先生はまだ名前さんのことが好きです」
「え?」
「私にはわかるんです。ずっと名前さんを想っています」
「……」
「カカシ先生は何も言わないけど、わかるんです。私も同じですから」

サクラはにこっと笑った。病室を見上げる。カカシがまだ私を想ってくれていたとしても。目を閉じた。火影候補と釣りあわないだとかの言い訳は過去に捨てた。もう拾わない。何が火影候補だ。暁には簡単にやられ、写輪眼を使うとすぐに寝込む。ダメダメじゃないか。責任感はまるでないし、戦死した仲間をいつまでも引きずっている。恋人より、任務。いかがわしい本が大好きな男。

「カカシの病室、どこ?」

サクラから花束を受け取った。用意周到。きっと有能なくのいちになるだろう。彼女の頭をそっと撫でた。あの少女がこんなにも立派になっている。私も年を取るはずだ。サスケの家にいた私を嫉妬と羨望まじりの瞳で見ていた少女が。

「サスケくん、きっと戻ってくるわよ」
「名前さん!」

大きな声を出したサクラを振りかえる。病院の入り口に手を掛けた状態で左手にもった花が揺れた。

「私の一番は綱手様ですけど!二番目は名前さんですから!」
「…ありがと」

素直な子。後ろ手で手を振り、病院の入り口をくぐった。カカシの待つ病室へ。きっとカカシは私が来るなんて微塵も思っていないだろう。いや、もしかしたら何か思っているかもしれない。はたけカカシと書かれたネームプレートを見て、扉の前で薄く笑う。ここの病室はカカシ専用なのかしら。以前、別れを切りだしたのもこの病室でだった。

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