ペコペコと頭を下げ、いい加減目の前がくらくらしてきた頃、はたけさんが「もういいんじゃない?」と止めてくれた。ずーんと空気ともども沈み込む私をいぶかしげに見るシカク上忍や火影さま。次の任務の打ち合わせなんて全く耳に入ってこない。私が全く集中できていないことに、きっと気付かれてるだろう。一時間余りの会議が酷く長い。視線はただただ書類の文字を追い、時間が過ぎるのを受け身で待った。そして待ちに待った…というわけではないが、会議の終了を告げる声が上がり、がたがたと椅子が動かされる音が部屋中に響いた。あーあ…。さあ、帰って寝よう。
「名字サン」
「え…はい、なんでしょうか」
「この後なにか用事ある?」
「いえ特には」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?…先輩からのお説教タイム?」
血の気が一気に引いた。まじですか。いや遅刻して、さらに話もちゃんと聞いていない私が悪い。怒られても当然だけれども。でも、しょうがないじゃないですか。小さく心の中で言い訳をするも聞こえるはずもなく。固まった私の腕を掴んでずるずると扉の外へ連れ出していった。もう嫌。いまならどんな危険な任務にだって行ける。落ち込んだ雰囲気というより、死のオーラに近いものを醸し出している気がする。どこに向かってるんですか。
「…どこに向かってるんですか」
「まあまあ」
「ちょっと後日じゃダメですかね…」
それには答えずにはたけさんはどんどん歩いていく。目立たないように配慮しているのは嬉しいが、できれば解放してもらいたい。なんなんだろう。説教ならどこかの部屋でよかったのに。前を歩くはたけさんの足が地面をけるのを見る。
「ほら、ついた」
「え…」
そこはただのラーメン屋だった。ラーメン一楽。適当な居酒屋にでも連れて行かれるのかと思ったが、まさか一楽とは。座るように促すはたけさんの隣におずおずと腰をおろす。ベストなタイミングで水が置かれた。そういえば私、昨日から何も飲んでない。目の前におかれた水に酷く喉が渇いた。何も意識することなくごくごくと水を干していく私に呆れたようにはたけさんは視線を向ける。
「俺、味噌ラーメン。君は?」
「…チャーシュー麺で」
食欲をそそる香りに今度は腹の虫が鳴いた。気が散ったようにあちらこちらに視線を飛ばす私を観察するはたけさん。…説教を始めるタイミングを探してるのだろうか。嫌なことばっかり。ふう、と小さく溜息をついた。
「嫌なことばっかり、って顔だネ」
「…まあ」
「昨日慰霊碑の前で泣いてたデショ」
「……まあ」
「で、どうしたの」
どうしたの。説教じゃ、なかったの?怒られるというか、諭される準備はしていたのに、まさか相談という形で話が進むとは思わなかった。そして私は怒られるつもりはあったが、相談するつもりは無かった。どうして、はたけさんに現状を伝えなければならないのか。ふつふつとよくわからない怒りが湧いてくる。聞いてほしいけれど、自分の情けないことを他人に知られたくない。ぶすっと不機嫌オーラ―をわかりやすくだしていく。そんな私をニコニコと見てくるこの人の考えがわからない。
黙り込んだ私の前にどん、とチャーシュー麺が置かれた。肉厚で見るからにとろっとしてそうなチャーシューが贅沢にも6枚乗せられたこのチャーシュー麺。こってりとした肉のわりにあっさりなスープが胃とお腹を温めてくれた。隣のはたけさんもひとまず、というようにラーメンを食べ始める。なんだこの状況。このままでは何事も話さないままラーメンを食べて別れそうだ。…別にそれでもいいのだけれども。でも、気になる。隣に視線を配ると、ばっちし目があった。もしかしたら今まで見られていたのかもしれない。しかも、私の動体視力を信じるならば彼のラーメンは完食されていた気がする。はやい…。
「別に無理に聞き出そうとするわけじゃないんだけどネ、やっぱり気になるじゃない」
「……」
「このままだと任務に支障きたしそうだし、そうなったら俺も困るから」
「…すみません」
そう、任務に支障があっては笑いごとじゃすまない。だからこそはたけさんも私を連れ出したのだろう。ご迷惑をおかけしている、と反省した。少し麺を啜るスピードが落ちる。もしかしたら、昨日慰霊碑の前で泣いていたからこそこの場を設けてくれたのかもしれない。カカシさんも仲間を大勢亡くしている。だから、話を聞こうとしてくれようとしているのだ。…どうしよう。私の涙の原因は仲間の死ではなく失恋だ。失恋…あははは…。まだ立ち直るには時間が必要みたいだ。最後の一枚になったチャーシューを半分ほど口にいれる。
「次の任務までにはちゃんと切り替えますから…」
「…ならいいよ」
残りのチャーシューを喉に押し込み、温くなったスープをごくごくと飲む。ふううと息をつくとはたけさんが水を差しだしてきた。頭を下げてそれを受け取る。水を一気に飲み干す間にはたけさんは二人分の会計をすましてしまった。慌てて自分の財布を出して払おうとする。
「誘ったの俺だし」
メンツがあるからね、と笑われては無理にでも払うわけにはいかなくなった。こういうところが女性にもてるんだろうな。器用なのだ彼は。共に一楽ののれんをくぐって外のひんやりとした空気を吸い込んだ。ぽかぽかと温まっていた体にしみこむ空気。じゃあ、ここで。そういってはたけさんと別れた。
■ ■ ■
ニヤニヤ二ヤ。好奇心いっぱいの視線が私に降りかかるのを気付かないふりをしてやり過ごすこと10分。相手のわざとらしい咳払いと一層突き刺さる視線がいい加減鬱陶しくなったので雑誌から視線を上げた。ぱっちとした目と合い、ウインクが飛んでくる。白い歯が輝いた。
「何か御用ですか、ガイさん」
「ふっふっふ。名字…。お前昨日カカシとデートだったらしいな」
「は?」
「そう照れるな…あいつは気難しいがいいやつだ。お前が何を悩んでいるか知らないがさっさと付き合ってしまえ」
「は!?」
何をおっしゃてるんだこの人は。驚きと呆れ。そもそも昨日デートなんてしていないし。不安定な私が任務に支障をきたすんじゃないかと心配したはたけさんが一楽に連れ出しただけなのにそれをデートと勘違いだなんて。しかも付き合うとか付き合わないとか。今はそんなこと考えられない。だって一昨日別れたばかりだもの。ガイさんに悪気があるわけじゃないのは十分承知だが。
「あのですね、そもそもデートなんてしてないですし、私一昨日別れたばっかりなので、新しい恋愛とか考えられないですよ」
「ほうほう。でもいつまでもひきづってちゃダメだぞ!新しい恋はお前のすぐそばまで来ている!」
「はあ」
3日前のことぐらいまだひきづらせてほしい。ガイさんには何をいっても無駄だと悟った私は雑誌に視線を戻した。温度管理はされている上忍待機室。まだ寝つきが悪いせいで瞼が重くなってくるのは仕方ない。どうせ2人しかいないんだ。別にかまやしないだろう。ガイさんだし。ソファーに横になり、軽く目を閉じる。10分だけ。腕時計のアラームをセットして改めて寝る体制に入った。この時計、そろそろ外そうかな。彼からもらった時計はデザインも含めて気にいってたから手放すのは惜しかった。でも、いつまでもつけていて、彼はどう思うか。また心に暗雲が立ち込めてきた。ぐっと目を瞑る。中忍の彼はここに入ってこれない。それだけが救いだった。