03

ご飯、食べに行くデショ?と言われ、カカシと共に町に下りた。ラーメンだろうが牛丼だろうが何でもいい。朝から何も食べていない私は空腹が限界だし、何よりお金が無い。必然的にカカシにおごってもらうことになってしまうのが申し訳なかった。だがしかし断ったところで何にもならない。

「居酒屋でいい?」
「もう、何でも」

目を細めて見せたカカシは行きつけの店の前で足を止め、暖簾を軽く持ち上げながら店内に足を踏み入れた。いらっしゃい!と私のテンションとは温度差がはげしい、むしろ真逆な挨拶がかかり、カカシは2本立てられた指でカウンターを指名した。カカシの後ろに私の姿を見た店主は何事もないように、でもカウンターの隅の席を至急片づけるようにと指示を出した。ちらっとカカシを見てもどこ吹く風で、むしろ私の視線の方が気になるらしく「なによ」と返してきた。

「別に何も」
「あ、そっ」

どうぞこちらへ―の呼び声で席に着くとすぐにお通しが並べられた。豆腐の上に明太子と葱が乗せてあるシンプルな一品を見た瞬間腹の虫が素直に歓喜の悲鳴を挙げた。それはもちろん隣に座るカカシの耳にも入ったらしく呆れたように笑われた。それに対して恥じらうようなキャラではないわけで、お手拭で手を拭くや否や豆腐に手を付けだした。カカシは注文をし始める。お茶漬けやお握りを最初に持ってくるあたり本当にできた男だ。嫌になるほど。勢いよくビールが置かれたことで手に落ちてきそうだった苦い感覚はするりと指の間から磨かれた床へと落ちていった。きっとその
色は白だ。白い滴。白い光というのはあらゆる光が混ざって出来る、最も汚れた色だと名前も忘れた誰かが言っていた記憶がある。

「かんぱーい」
「…かんぱーい」

カチンとガラス同士が音を立てて泡が揺れる。白い泡。泡ごとゴクリと飲み干せば下に苦みと少しだけの甘みが広がり、淡い余韻を残した。

「好きなだけ飲んでいいよ」
「…酔っぱらうと面倒なのは十分知ってるでしょ」
「たまにはいいじゃない。家も燃えたことだし憂さ晴らししたら?すっごい不燃焼な顔してるよ、名前」
「すっぴんだから、そう見えるだけじゃない?」

カカシのこういう、お前のことは大体わかってる風なことがたまらなく嫌で、でも、その何でも理解してくれるところがカカシの好きなところだった。運ばれてくるお握りも中身は私が好きないくらで、お茶漬けもいつも頼んでいた明太子だった。

「すきっ腹でアルコールは気分悪くなるからネ…まずこれ食べちゃなさい。そしたらお代わり頼んでいいから」
「……」

カカシはきっと昼食も用意せずに出かけたことを気にしているのだろう。一方的に転がり込んだのは私なのに。ペロリと主食を平らげ、ビール3杯とカルーアミルクという嫌に甘ったるくて飲みやすいものを3杯飲み干したのは覚えている。でも、そこから後のことと、食べながらカカシと話したことは何もおぼえていなかった。


ジリジリと耳障り極まりない音が寝ていた私の脳味噌を揺らし、強制的に目を覚まさせた。音源を頼りに目覚まし時計を探し、アラームのスイッチを止めるついでに盤面を覗き込むと、時刻は午前7時を示していた。朝。確か今日は火影さまから呼び出されていたような気が。二日酔い独特の倦怠感と頭の重さは感じないが寝不足なのは確かだ。昨日カカシと飲んで、きっと酔いつぶれたのだろう。また迷惑をかけてしまったな。お礼と、謝罪をしたくて彼の気配を探したが、どうやらまた居ないようだ。とりあえずシャワーを浴びたい。いや、その前に水が欲しい。酷く怠慢な仕草でベットから降り、ゆっくりとリビングに向かった。冷蔵庫からミネラルウォーターを拝借し、コップに注ぐ。透明な液体が水泡を発しながらガラスに満たされていくのをまだ霞む目で見ていた。ゴクリ、ゴクリ。喉骨を大きく上下させて冷え切った水を体内に収めていく。冷たい水が喉から食堂へ、胃へと落ちていくのが冷たさを介して伝わってきた。

「ふう…」

必然的に止めていた息を吐き出し、また吸う。コップをシンクに置き、先ほどから気になっていたダイニングテーブルの上の紙と鍵に近づいていった。几帳面に二つに折られた紙を恐る恐る広げると、今日の帰りが遅くなることと、鍵を預ける旨が簡潔に書かれていた。鈍く輝く銀色のこの部屋のカギを手にとる。馬鹿みたい。カカシの優しさ、情の厚さにくらいついて寄生虫みたい。過去をじわじわと蝕むいやな女。でも、鍵を貰えたのは嬉しいからどうしようもない。お互いきっと現状の把握を避けているのだ。考えない。考えない。今するべきことは火影さまのところに行くこと。鍵を忍服のホルダーに収め、汗ばんだ体を清めるためにシャワーへと向かった。


■ ■ ■


火影邸に着いたのは約束の5分前だった。パーマを崩したくなくて生乾きのまま来た髪が少し気になる。クルクルと毛先を弄び、欠伸をしながら扉の前に立つと中から入るようにと鋭い声がかかった。自然と背を伸ばし、体に緊張が走る。このピりりとした空気が好きだ。程よい緊張感。心拍数は変わらないが、体が引き締まるこの感じ。昔カカシにそのことを言うと変なやつだと言われた。少し緩んだ唇を締め直し、ゆっくりと重い扉を開けた。座る火影さまと、その後ろにある窓から見える平和な里。

「…大変だったな名前」
「まあ、ほどほどに…?」
「家の方は後で手配しよう。まずは任務の報告から頼む」

何やら書類に書き込みながら尋ねる火影さまに先日の任務の報告をする。音隠れの里と密通していたであろう忍の調査と始末。根のものだと判明するまでここまで時間がかかるとは思っていなかった。過去の調査と現状を簡潔に話終わった時には、火影さまは書類から目を上げて私を見ていた。射抜かれるような眼差し。なにか私の報告のなかに問題があったのか。

「なにか…?」
「いや…。次の任務まで休むように」
「はい」
「…で、今お前はどこで寝泊まりしているんだ?」
「……えーっと、友人宅ですね」
「そうか、今用意できるのがアカデミー教員の寮ぐらいしかないのだが」
「全然かまいません」
「なら手配しよう」

一礼して、外に出ようとしたとき、火影さまが声をかけてきた。ナルトが帰ってきている、と。じわりと過去の苦い記憶が箱の中からでてくるような感覚に襲われる。ゆっくり蓋をして、振り向く。少し笑った。

「会いに行ってきます」

そうか、と返した火影さまの視線はもう書類に向いていた。

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