02

さて問題は寝る場所である。カカシの部屋にベッドは勿論一つしかない。そしてシングルだから狭い。狭さ的にはソファーと変わりないからソファーでも構わないが、生憎掛け布団が無いらしい。この時期に掛け布団が無いのは自殺行為だ。結局、寝室まで来たものの踏ん切りがつかず、カカシのベッドの側で座ったり立ったり。

「今更デショ」
「今更だけどね、心の準備的なアレが…」
「俺ともサスケとも散々寝たじゃない」
「あんたとサスケを並列で並べないでよ。サスケはただ単に見張りというか後見人というか」
「里抜けした時止めなかったクセに」


時々カカシは酷く意地悪だ。話題が嫌な方向に行きそうだったから意を決してベッドに潜り込む。というかカカシに背中を推されて布団に倒れ込んだ。続いて彼も布団の中に入ってきた。狭い中で寝返りを打つと背中同士が密着する。

「俺達ももう直ぐ三十路か…」
「……」
「よく此処まで生き抜いたと思うよ」
「そっちは同意するわ」
「同期の奴も数えるほどになると寂しいもんだ」
「…どうしたの」
「お前と居ると昔が懐かしくなる」

マスクをしていないせいかやけにその言葉ははっきり聞こえた。明日は火影様の所にいって任務の報告と今後の指示を頂かなければ。すっかり無言になったカカシに背中を寄せて目を閉じた。



目が覚めると隣にカカシはいなかった。温もりすらない。枕元に置いてある目覚まし時計を見ると、針は午後2時を指している。完全な寝坊だ。隣で寝ていたカカシが起きた時に私も起きそうなものだが、全く気づかなかった。寝過ぎのせいか頭痛までする頭をおさえ、リビングに向かった。そこにもカカシの姿は見えない。というか家の中にカカシの気配は無かった。火影様の所に行きたいが、まさか家主の居ない間に出て行くわけには行かないし、何よりお腹が空いた。全くカカシはどこに行ったのか。せめてメモか何かに書き置いてくれればよかったのに。

ベランダに干された私の服に着替え、カカシのスエットを洗濯機に入れた。勝手にコーヒーを淹れて先程見かけたクッキーの缶を開ける。賞味期限は昨日だから、誰かにあげる訳でも無いだろう。おおかた貰いものを放置していたに違いない。クッキーの為にも食べてあげなければ。



賞味期限がたかが一日過ぎたぐらいで味なんか変わるはずも無い。十分美味しいクッキーをパクパクと口に放りこみながら、勝手に戸棚を開けて紅茶のティーパックをあさった。使い込んであるやかんに水道水を入れてガス台に乗せればあとは沸騰するのを待つだけ。火をつけたと同時にキッチンにリビングにある時計に目をやれば3時半を過ぎたところだった。椅子に座るでもなく冷蔵庫に凭れ掛かって、部屋をぼーっと眺める。あのころから何にも変わってないのね。窓際におかれた観葉植物も枯れもせず育ちもせずあのころのまま。この空間に革命を起こすことなんてできやしないのだ。やかんから水が沸騰する音が聞こえてきたので、重い腰をあげてお湯をカップに注いだ。瞬間立ち上る紅茶の香りにいつの間にか止めていた息をそっと吐き出す。砂糖を入れない紅茶はクッキーの甘さを引き立てて、それでいて舌にほんの少しの苦みを残していった。チッチッと時計の音がやけに大きく聞こえ、薄いカーテン越しに往来の騒音が聞こえる。なんだか置いてけぼりにされた気分だ。ずずっ、と紅茶を啜り、サクリをクッキーに歯を立てる。カーテンが揺らめいて、優しい温度と匂いを抱いた風がリビングから玄関へと吹き抜けていく。デジャビュのような光景に胸がもやっもやっとした。

■ ■ ■

コンコンとガラスが固い何かで叩かれる音に私の意識は急浮上した。瞼を上げ、一瞬のうちに状況判断するため脳味噌が高速に活動するのが覚め行く意識と共にわかった。と同時に音源であるベランダのガラスに目をやると召集用の鳥が私のことを見ている。いつの間に寝ていたのか。ゆっくり立ち上がり、ガラス戸を開けると腕に留まる大型の緑色の鳥。嘴に咥えていた巻物を回収すると代わりとばかりに私の右手に持ったままだった食べかけのクッキーを啄んでいった。半分ほどあったクッキーを僅か3口で食べ終わると何の未練もなさそうにこのベランダから飛んでいく。

「…火影さまから?」

召集の巻物を開けると火影さまから明朝8時に火影邸に来るようにとのことだった。新しい任務の話でも舞い込んできたのか、それとも班編成でも変わるのか。カカシの匂い。後ろに気配を感じて振り返ると帰宅したらしい彼が私の召集書を目で読んでいた。

「…ただいま」
「お、おかえりなさい」

昔あれほど繰り返した定例文も何故か喉に突っかかってうまく言えない。心のどこかでカカシとの復縁を望む私がいる一方で、それを拒絶する私が居るせいかもしれない。半分しか見えないカカシの眼からは彼が何を思っているのかは読み取れなかった。ふっと息を流すような溜息。それだけで凍結した時間が流れ出すのを感じた。

「あ…クッキー開けちゃった」
「クッキー?そんなものあったっけ?」
「うん。賞味期限切れてたから…ごめん」
「いや、むしろいいけどネ」

忍服を脱ぎだすカカシについ、手を貸してべストを受け取っていた。中身を出して、引き出しにしまいこんでいく。ハンガーに暗い深緑のそれをかけ終わった時にやっと今、私がこの行動をするべきではなかったと悟ってしまった。手を洗いに洗面所にいったカカシの背中を視線だけで追い、また溜息をつけば、今度はやけに空間に響き、そして重い沈黙だけが流れ出した。廊下から水音だけが響いてくる。なんで私はカカシの家に来てしまったのだろう。未練か?いや、そんなものとっくに消えたはずだ。照明に煌々と照らされた窓ガラスに映る自分が酷く醜く見えた。

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