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本格的な冬に入ったこの時期は夜が更けるのも早く、また、寒さが体に浸透するのも早かった。真っ黒の外套のボタンを全て閉じ、口布を少しだけあげてマスクの代わりにする。くたくたに疲れた身体は熱い風呂に入ることを切望していた。そして何もせずに寝たい。火影邸の側を通り過ぎた時、数人の忍が私を追い抜いて走って行った。確かあれは消防隊の連中のはず。自宅方面に向かったことに嫌な予感を覚えた。よくよく空を見れば一方向だけ赤いし、先程上げた口布をずらせば微かに煙の匂いもする…気がする。うん、まさかね。

「まさかね」

大丈夫…うん。ガス栓も占めたはずだ。こういう状況の時は毎度毎度不安要素が思い浮かんでくるものだ。2ヶ月前に隣の部屋で小火があった気もするけど、大丈夫。隣人に気を遣わなくてはならないのはアパートの弊害だ。隣の部屋の彼は大家さんにこっ酷く叱られていたから大丈夫だろう。もう懲りたはずだ。急ぐ足を諌めながら自宅へと向かった。


■ ■ ■


目の前で無情に閉じられた扉を必死で叩く。左手でバンバン叩きながら右手でチャイムを連打だ。激しく迷惑だと思う。彼にも、周りにも。いい加減諦めようかと出した溜め息は扉の向こうの人物の髪色みたいに真っ白だった。ガチャンと扉が開く。

「…ったく何の用なのよ」
「一晩泊めてってば」
「なんで」
「全焼しちゃったのよ私の部屋」

お願い!と顔の前で手を合わせるとカカシは呆れたように目を伏せた。扉一つ区切った部屋はこんなにも温かいものなのか。締め切っていた外套と靴を脱ぎ、カカシから渡されたハンガーに掛けて壁に外套を吊す。

「どうせ飯もありつくつもりなんでしょ」
「手持ちが30両しかないの」
「…適当に作るから風呂をどーぞ」

なんて優しいんでしょう。宿泊先にカカシを頼ったのは正解だったようだ。空っぽの洗濯機に着ているものを全て投げこんで湯船の蛇口をひねった。シャワーを贅沢に垂れながしながら思い出すのは家が燃えていく光景ではなくカカシと付き合っていた頃のことばかりだった。


シャンプーの種類もボディソープの種類も昔と何も変わっていない。床に置かれたシャンプーで鬱陶しい髪を洗い、もっこもっこに泡立てたボディソープで身体を包み、42度に設定したシャワーを頭から被って全身の泡を流した。甘い香りが浴室いっぱいに広がって、脳がリラックスしていくのがわかる。強張った肩の筋肉も段々ほぐれてきた。湯船に浸かると全身の力が抜ける。しかし、本当に火事になっているとは。だが、原因は隣人ではなく下の階の住人だった。留守番中の子供が起こした不慮の事故というから責めようにも責められない。

「名前?バスタオルとスエットここに置いとくよ」
「…うん」

風呂のドア越しにカカシが呼びかけてきた。随分長い間入っているような気もするが、こればかりは習慣なので仕方ない。なにせゆっくり風呂にはいれるのが二週間ぶりなのだ。まあ私が長風呂なことはカカシも承知だから大丈夫だろう。この長風呂のせいでカカシと一緒に入った回数は数えるほどしか無かった。ただベッドでカカシを待たせすぎた回数なら数え切れないほどある。透明な湯の中で伸ばした肢体はお世辞にも綺麗とは言えない。昔よりも切り傷や打ち身の跡が目立つ。重い腰を上げて浴槽からあがると洗濯機が乾燥に切り替わる音がした。もう一度シャワーで身体を洗い、栓を抜く。用意されたバスタオルからは甘い柔軟剤の匂いがした。変わらない。洗濯機だけは新しくなっていたけれど。乾燥が終わるまでの時間で髪を乾かそう。ご丁寧に洗面台の上にドライヤーが置かれていた。やはり気がきく男である。

カカシのスエットに着替えて向かったリビングには小さな鍋が用意されていた。夕飯は鳥鍋らしい。クツクツと湯立つ鍋を前にお腹は素直に音をあげた。二人ぶんの箸と取り皿をもってきたカカシは呆れたように笑う。

「任務お疲れ様」
「うん、ありがとう」
「そういえばナルトがそろそろ帰ってくるらしいよ」
「ナルトが戻ってきた後の人員はどうするの?カカシ班で組むならサスケの代理が必要じゃない?」
「ねー」

ねーって何だろう。コラーゲンがしっかり詰まってそうな鶏肉を口に入れると長い時間煮込まれていたらしくトロッととろけた。

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