02

一緒に外で販売していた店員のやや冷たい視線に晒されながらも店長からバイト代金を戴く。申し訳ない。申し訳ないが、話かけてきた彼らが悪いんだ。一種の接客。イコールあたしは悪くない…はず。

「お疲れ様でした…」

店長に挨拶をした後、私服に着替えてイタチさんが待っているだろう喫茶店へ向かった。走って一、二分の距離だろう。喫茶店のドアを開けるとチャリンチャリンと涼やかなベルが鳴って、ふわっと暖かい空気に包まれる。イタチさんはどこだ。店内をキョロキョロと見渡すと窓際の席に座って優雅に本を読んでいるイタチさんの姿が見えた。あそこだけ別空間みたいだ。

「お待たせしました」
「ん、ああ」
「ここ夏から来たかったお店なんですよね」

クリスマス仕様に飾られた店内は当たり前だが熱いカップルで溢れていた。メニューを渡してくるイタチさんは甘そうなキャラメルカプチーノを飲んでいる。空になったガムシロップの容器が三つほど転がっているが、まさか入れたわけじゃあないよね。

「遠慮せず好きなものを頼んでいいよ」
「…じゃあイタチさんと同じもので」

そう言うとイタチさんはキャラメルカプチーノとアイスケーキを二つずつ注文した。赤いエプロンをつけたお姉さんがイタチさんに熱い視線を送りながら注文を受け付ける。やっぱりモテるんだろうなあ。サスケくんだって一応あたしという彼女がいるのに告白されっぱなしだもの。

「カップルだらけですね…」
「クリスマスだからな」
「イタチさんはクリスマスとかあんまり気にしなさそうですよね」
「…あんまりな。イルミネーションとか見ても綺麗だとは思うが、それだけだからな」

ロマンの欠片もないイタチさんは運ばれたキャラメルカプチーノにガムシロップをどんどん入れていく。…やっぱりさっきのも入れたんだ。ちなみに私は何も入れていないが十分甘い。運ばれてきたケーキも十分甘そうだ。

「これがストロベリーチーズケーキで、こっちがモカコーヒとキャラメル」

選べと。暫く二つを見比べた結果ストロベリーチーズケーキを選んだ。いただきます、と手を合わせフォークを握る。冬に入ってからアイスを食べる機会はあまりなかった気がする。イタチさんもケーキをつつきだす。これではまるでデートだ。サスケくんを放っといて何してるんだ自分。

「一口あげるから一口くれないか?」
「いいですけど」
「ほら」

目の前に出されるフォークに刺さったケーキ。少し躊躇いつつもパクリと口に含めばコーヒーの香ばしい香りが口の中に広がった。…美味しい。じゃあ代わりに、とケーキを一口イタチさんに差し出す。あーんなんてサスケくんにもしたことないのに。少しの照れからか、無言でケーキとカプチーノを平らげ、手を合わせる。

「…じゃあ家行くか」

お会計をするイタチさんの後ろで先月買い替えたスマートフォンを見るとサスケくんからの不在着信が入っていた。画面から顔を上げるとイタチさんの綺麗な顔。甘ったるいコーヒーの味がした。



無言のイタチさんと一緒に歩きながらサスケくんに『今から迎えにいく!』とメールを打ち、一安心。何が一安心なのかさっぱりわからない。さっぱりわからないといえばさっきのアレ。何事も無かったかのように振る舞うイタチさんに習って何事も無かったことにした。…うん。駅前のケーキ屋からサスケくんの家まで歩いて十分ほど。見慣れた一軒家が見えたと思ったら門前で不機嫌そうに立つサスケくんの姿も見えた。何か怒ってる。イタチさんと顔を見合わせる。そして逸らした。

「名前。終わったらすぐ連絡しろって言ったよな。何で兄さんとお前が一緒にいるんだよ」
「えーと…あはは」
「…まあいい」

不機嫌マックスなサスケくんは久しぶりだ。久しぶりすぎてどう対応すれば良かったのか忘れた。困ったようにイタチさんを見ても苦笑いするだけ。どうしよう。無言で玄関先に立っているなんて馬鹿みたいだ。何より寒い。軽く鼻を啜ると気づいたらしいイタチさんが心配そうな顔で私を見てきた。

「とりあえず二人とも、家に上がったらどうだ?」

賛成です。ごもっともです。サスケくんに腕を引かれて連れ込まれた玄関からは『うちは家』の匂いがした。靴を揃える間も無くサスケくんに引っ張られる。階段から玄関を見るとイタチさんが代わりに揃えてくれていた。申し訳ない。サスケくんの手が冷たいことから察するに随分長い間外に居たのだろう。…申し訳ない。

「サスケくん…?」
「何だよ」
「いや、怒ってるから」

サスケくんの部屋のベッドに腰掛ける。毎日サスケくんがここで寝起きしていると考えるとドキドキしてきた。決して興奮ではない。ちなみに、家具の配置はイタチさんと一緒だ。コートとマフラーサスケくんに預けてくつろぐ体制に入った。もうサスケくんは怒ってないみたい。隣に座ったサスケくんにもたれかかりながら今日のバイトの報告をした。もちろんイタチさんとサソリさんに話かけられたことと、イタチさんと喫茶店に行ったことは省きながら。私の話に相槌を打つだけのサスケくん。

「昼ご飯はまだだろ?」
「うん」
「どっか食べに行こう。で、お前の家な」
「え、もう行くの?」

まだサスケくんの家に来てから十分も経ってないのに。財布をズボンに入れたサスケくんは出掛ける準備万端だ。慌てて脱いだばかりのコートを受け取り、マフラーを巻く。軽く繋がれた手は階段を下りるのに邪魔だったが、それよりこんなイチャイチャしている姿をイタチさんに見られる方が気になる。靴を履くために離した手はすぐにまた繋がれた。今度は指と指を絡めるように。閉まるドアの隙間からこちらを見るイタチさんと目があった気がした。



駅前に出来たちょっとお洒落なイタリアンでパスタを食べることになった。自転車を駅前に忘れたとかでイタリアンまでは徒歩で歩いていく。先ほどまでイタチさんと歩いていた道をサスケくんと遡る不思議な感じ。部活か何かがあるのか同じ学校の制服姿が見えた。

「あれ?今日ってサスケくん部活無かったっけ?」
「……」
「ナルトがクリスマスなのにぃ!とか騒いでた気がするんだけど」
「…俺はいいんだよ」

サボったらしい。まあ、顧問がカカシ先生だから何も言わないのだろう。そういえば、ナルトはサクラをデートに誘うつもりだったとか言っていた。誘う前に玉砕とか残念すぎる。不真面目に見えて意外に真面目なのがナルトだ。テストは赤点ばっかりなのにちゃんと進級できてるってことは提出物を怠ってないってこと。下手すれば私より真面目かもしれない。

「…何にやにやしてんだよ」
「別に?」
「……」

先ほど居た喫茶店の前を通り過ぎて緑、白、赤の縦三色旗が掲げられた店へと入る。世界史の授業で緑は国土、白は雪・正義・平和、赤が愛国者の血・熱血だと習った気がする。マダラ先生とサスケくんは名字が一緒だけど親戚か何かだろうか。聞きたいけどサスケくんはマダラ先生が嫌いだから話しだせない。

「どれにする?」
「あたしカルボナーラ。サスケくんは?」
「ポモドーロ」

店員さんに注文するサスケくんの横顔がイタチさんに似すぎてびっくりした。訝し気にあたしを見るサスケくんから慌てて視線を逸らし、出された炭酸水を一口飲む。ここは恋人より家族連れの方が多かったから落ち着いていた。混雑している割に早く出てくるパスタ。注文してからサスケくんと一言も喋る間もなく本日二度目のフォークを握った。


■ ■ ■


私から受け取った鍵を慣れた手付きでアパートの鍵穴に差し込んで部屋に入るサスケくん。クリスマスプレゼントはあんなもので喜んでくれるだろうか。今度は私のベッドに腰掛けたサスケくんが何かを投げてきた。綺麗に包装されたそれを丁寧に開けていく。

「欲しかったんだろ?」
「何で知ってたの?」
「教室の中であんな騒がれたら嫌でも聞こえる」
「…ごめん。うるさかった?」
「クリスマスプレゼントに何贈っていいかわからなかったから丁度良かった」

照れたようなサスケくんがくれたのは香水だ。少し前に雑誌に掲載されていたもので、サクラとイノの騒いでいたものだ。マシュマロの甘ったるい香り。サスケくんは絶対に苦手だと思うが、素直に嬉しい。というかこんなロマンチックなものをくれるとは。

「あたしからも有るんだけど、」
「……」
「重かったらごめん」

色んな意味で。部屋の引き出しから取り出した手のひらサイズの箱をサスケくんへと渡す。無言で開けたサスケくんは中身のキーケースを開けた瞬間少し笑った。

「いや、何が欲しいのかわからなかったし、そういえば欲しがってたなあ…って」
「…返さないからな」

手作りのマフラーとかセーターよりかは重くないが、合い鍵っていうのも十分重いだろう。というかこんなにホイホイ合い鍵を渡していいのか疑問だが、サスケくんが欲しがっていたものをこれ以外知らない。長い指で黒いキーケースを弄びながらにやにやするサスケくんは喜んでいるのだろうか。私からは悪巧みしているようにしか見えない。

「名前」
「な…なに?」
「ありがとう、嬉しいぜ」

サスケくんがナチュラルにお礼言った!世にも奇妙な物を見る目つきでサスケくんを見るも彼は至って上機嫌だ。キバの野生の勘は正しかったのか。ポンポンと横を叩くサスケくんに従って隣に座る。きっとケーキよりもマシュマロよりも甘ったるいキスを甘んじて受け取った。やっぱりサスケくんが好きだ。イタチさんに揺れそうになったけど私にはやっぱりサスケくんだ。

「正月はバイト入れるなよ」
「わかった」

クリスマスも朝から晩まで一緒にいたかったらしい。正月は一緒に年越しできたらいいね、と囁き返すと再びキスをしてくれた。あげたばかりのキーケースにサスケくんの家の鍵を付け出す。仲良く二つ並ぶ鍵にこそばゆく、満たされた気がした。


番外編END

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