番外編@
12月25日。恋人達のクリスマス。街は鮮やかなイルミネーションで彩られ、菓子店の店先にはクリスマスケーキが飾られている。例に漏れず私のバイト先のコンビニでもクリスマスフェアが開催されていた。とはいっても今日はコンビニのバイトではない。臨時にはいったケーキ屋さんでのバイトだ。ああコンビニの暖かい店内が恋しい。レジ係りかなにかだと思っていたが、残念ながら、店の前でケーキを販売する役割だった。聞いていない。そして寒い。
「スマイル一つで」
「…イタチさん」
「コンビニのバイトはどうした?今の時期は何処も忙しいだろう」
「ここ、店長の友人が経営してる店なんですけどバイト生が二人とも風邪になったとかで派遣されたんです」
「ほぉ」
黒いコートに黒いマフラーのイタチさんは不躾に私をじろじろ見てきた。帽子の先からブーツの先まで観察するように眺め、小さく五点、と呟いた。…どういう意味だろう。ついでに何点満点なのか。
「…何か言いたそうですね」
「今時ミニスカサンタか」
「……」
「五点」
「どういう意味で、ちなみに何点満点ですか?」
「まあ嫌いじゃない格好だ…今日は家来るのか?」
「……」
人の話を聞いてくれないかな。イタチさんと立ち話をしているせいかもう一人の店員がチラチラ咎めるように見ている。どうせお客様もいないんだしいいじゃないかとも思うが、一応お給料を貰う身だ。真面目にやらなければならない。ケースの中を物色するイタチさんだが、ケーキを買う気はさらさらないのだろう。彼は既に右手にケーキの袋を持っていた。某有名ケーキ屋のもの。しかもクリスマスケーキとなるとそこそこの値段がするだろうに。
「来るなら名前ちゃんの分もとっといてあげるけど」
「イタチさん、もしかして一人でワンホール食べる気なんですか?」
「サスケは甘いもの嫌いだし、彼女ともこないだ別れたからな」
そういえば別れ話でもつれて刺されたんだっけ。コンビニで包帯を渡した時の事を思い出して懐かしく思った。たった2ヶ月前のことなのに。まさかサスケくんのお兄さんだったとはなあ、とイタチさんを見つめるとイタチさんは小首を傾げた。かわいい。
「まだ行くかわからないんですけど、ケーキは食べたいです」
「まだ今日の予定決めてないのか?」
「サスケくんの気分次第なんで。というかこのバイト入れちゃったから少し不機嫌なんですよ」
「…そうなのか」
午前中だけのシフトだが、サスケくんは気に入らないらしい。彼がこういうイベントを楽しみにする派だとは思わなかった。でも、今日は何だか私の家に来る気がする。何故かサスケくんは私がイタチさんに泣きついたことを知っていた。だからイタチさんにはあまり会わせたくないとか言っていた。よく分からないが、まあいい。
「シフトは何時までだ?」
「12時ジャストまでです」
「そこから少し、時間あるか?」
「うーん少しなら。終わり次第サスケくんに連絡を入れる約束なんですよ」
「迎えにくるつもりか…なら家に来た方が早いだろ。すぐ其処の喫茶店で待ってるから終わった来てくれ」
優雅にコートを翻したイタチさんは私の返事を聞くことなく歩いて行ってしまった。本当に人の話を聞いてくれないかなあ。背筋をピンと伸ばして歩くイタチさんの後ろ姿を見ているとため息が出てきた。
凍りついた営業スマイルを浮かべながら家族連れやいちゃつく恋人にケーキを勧めていく。二時間も外にいるせいか寒さのせいか唇が乾燥し、何回リップを塗り直したかわからないぐらいだ。そういえば何でサスケくんの唇って乾燥しないんだろう。そんなしょうもないことを考えていたら携帯のシャッター音がした。
「あ」
「あ、って何だよ不良娘。オイオイ一人寂しくクリスマスにバイトか?」
「…お酒臭いですよサソリさん。しかも朝帰りじゃなくて昼帰りですか」
「悪いな。昨日は店が忙しくて今帰るとこなんだよ」
そう言ってフッと息を吹きかけてきた。アルコール臭い!派手目なスーツを来ている赤髪のサソリさんと話すあたしにもう一人の店員はどん引きだ。端から見ればナンパされてるみたいに見えるのだろうか。ホストにナンパされるサンタなんかなかなか居ない。そう言えばイタチさんからも少しだけお酒の匂いがした気がする。
「サソリさん」
「あ?」
「イタチさんもホストなんですか?」
「いや、違うが」
あら、違った。首を傾げる私に何を思ったのかサソリさんはイタチさんとの関係をぺらぺらとしゃべり出した。やけに饒舌なのはお酒のせいだろうか。サソリさんが動くたび耳に見える赤いピアスと喋るたびに白い歯から覗く赤い舌がやけに印象的だ。耳のピアスは本物のルビーかな。…それにしても寒い。
「お前、聞いてないだろ」
「あ、はい」
「……」
「今度、もっと暖かい所で話して下さいよ。私、今、寒くて死にそうです」
手を暖めるために、はあ、と息を出すと真っ白な息が視界を曇らせた。あと三十分ぐらいで終わる…!サソリさんの腕で光るブランドものの時計をちら見した。なんか殆ど仕事してない気がするけどちゃんとお給料でるのかな。ぼーっとしている私にいつの間に買ったのか、サソリさんが缶の熱い甘酒を渡してきた。…まだ早くないか?自分は普通にホット缶コーヒーを飲むサソリさんを見ていると嫌がらせにしか思えなかった。今の格好とのバランスの悪さ。確かに寒かったら自販機で何か買っていいと言われていたが…甘酒か。
「今度店に来いよ。サービスしてやるから」
「じゃあ、サソリさんの奢りなら行きます」
「ああ、いいぜ」
いいんだ。軽く手を振って歩いて行く背中を再び見送る。昼の街とサソリさんの背中はサンタクロースと甘酒くらい合わなかった。