サスケくんから電話があったのがニ時間前。何があったのか知らないけれど遅すぎやしないか。無意味に携帯を弄り時間を潰すも段々イライラしてきた。来るの?来ないの?来ないならメールぐらいくれてもいいんじゃないの?携帯を無意味にパカパカしつつも画面に表示された時刻ばかりに目が行ってしまう。
「…サクラに止められたとか」
ありえるな。口に出して言ったせいか何だか鬱な気分になって机に突っ伏した。どうしよう、私、サクラに嫉妬してる。こんなことならもっと早くサスケくんが好きだって気づくべきだったのに。…私はサクラが告白する前からサスケくんのことが好きだったのか?それともサクラが告白したから好きになったのか?まぁいいや、どっちみち学校に行ってもサクラと普通に接せられる自信は皆無だ。授業中に居眠りする時の体制に入ったせいで内臓が圧迫されているのが分かる。でも起き上がる気もしない。
暫くその体制でうたた寝していた。ハッと目が覚めて勢いよく頭をあげると少しの目眩を感じた。…今、何時?握ったままだった携帯を開くとバイトが始まる30分前だった。今すぐ出なければ遅刻してしまう時間である。ちなみにメールも不在着信も無し…サスケくんはバイトには来るのかな。ここまで何もないと逆に心配になってくるものだ。火元の確認をして、戸締まりをしてアパートの階段を降りた。
■ ■ ■
「名前ちゃん、サスケくんは?」
「…私は何も聞いてませんよ?カンクロウくんに聞いてみますか?」
「さっき聞いたけど知らないって」
コンビニ指定の制服に着替えておでんのパックを開けていた私に店長が声を掛けてきたのはシフトが始まって十分ほどしてからだった。確かに遅い。先程の事もあって心配になった私はロッカーに戻り携帯を確認をしてみたものの電話の着信もメールもなかった。試しに掛けてみても電源が入っていないか、電波の届かない所にあるかで繋がらなかった。サスケくんに限ってサボりなんて無いだろう。
「店長、サスケくんと連絡とれないんですけど」
「何かあったのか?学校で何か言ってた?」
「いや…今日は私、学校に行ってないので何とも」
「あ、そうなの」
店長は少し驚いた顔をした後に自らの携帯を取り出した。店長も店員の連絡先は知っているだろうから恐らくサスケくんに電話でも掛ける気なのだろう。倉庫で電話を掛ける店長の後についていった。
「あ、もしもしサスケくん?…うん?うんうん。あ、そうなの」
なんで繋がってんの。至って普通に会話する店長の様子からはサスケくんに何かあったような気配はない。なんだか理不尽に裏切られた気がした。
三十分以上遅刻してきたサスケくんに私は怒り心頭だった。そんな私を気まずそうに見るサスケくんと、そんな私達を興味深そうに見るカンクロウくん。レジに立っている私に対してサスケくんはよそよそしかった。なんだこの感じの悪いコンビニは。第一、このコンビニ自体が高校生に深夜勤を許してる時点でおかしいのだ。ちなみに今日もサスケくんと店長と深夜勤。明日は日曜日だから睡眠不足の心配はない。睡眠不足の心配は。
「ねえねえカンクロウくん」
「何だ」
「あたしと深夜勤代わらない?」
「意味解んないじゃん」
「サスケくんと二人っきりになれるよ」
「……」
その台詞にカンクロウくんが軽く私の頭を叩いた。ついでに時計が二十二時を指したことを確認し、帰宅の体制に入ってしまう。カンクロウくんが抜けたレジの穴を埋めるのは店長ではなくサスケくんで、私はいかにも怒っていますというようなオーラを出してサスケくんを牽制していた。こんな時に限って店内にお客さんはいない。沈黙。歪な空間に耐えきれなくなったらしい店長は外に煙草を吸いに行ってしまった。
「おい」
「……」
「悪かった」
「別にいいよ」
会話終了。棚の整理は夕方にしたし、雑誌の置き換えもカンクロウくんがやってしまった。ポップも今は必要ない。掃除の時間はまだだ。
「名前」
「何」
「悪かったって」
「だから何」
「今日の遅刻と、サクラのアレ」
「…あたしには関係ないし、全然気にしてないから」
沈黙。煙草を吸いにいったはずの店長は、何故か窓掃除を始めていた。そんなに店内に入りたくないのか。横目でサスケくんを見ると手で顔を抑え俯いていた。
「昨日の夜、お前どこにいた?」
「………………」
「カンクロウから聞いたんだが、」
「サスケくんには関係ないでしょ」
言ってしまった。関係なくない。むしろサスケくん以外関係ない。ぐっ、と押し黙ったサスケくんにどう対応すればいいのかわからない。ないない尽くしだ。助けを求めるように店長の方を見ると丁度目があった。店長が、まったく、とため息をつくように煙草の煙を吐き出す。そして戻ってきた。
「二人とも休憩にしていいよ」
求めていた言葉では無かったがその言葉にくるりと背を翻してスタッフオンリーと書かれたドアを押し開けた。仮眠室でサスケくんは休むだろうから私は裏口から外に出て、そこで時間を潰す予定だ。休憩は有り難い、ただ気まずい。
「待てよ」
私の腕を掴んだサスケくんもろとも引き擦るようにして裏口の扉を開けた。振り払おうにも力が強すぎて振り払えないどころか上腕二頭筋が激しく痛んだ。じわっと滲み出てくる涙をこらえながらサスケくんを睨む。今日の私達は何処か変だ。
「…サクラから告白されたなんて嘘だよ」
「……」
「いろいろあって」
「……」
「おい、聞いてんのか」
何それ。散々私の頭をぐっちゃぐちゃに掻き回したくせに、何それ。沸々と湧き上がる確実な怒りはサスケくんの手を振り払うと同時にその白い頬を叩いていた。パァンと景気良く響いた破裂音にサスケくんより私が驚いた。手が痛い。頭が痛い。胸が痛い。
「最低…人の気持ちも知らないで…」
涙がボロボロとこぼれ落ちて止まらない。痛いのはサスケくんだろうに。何をして、何を言っているんだ私は。左頬だけ赤みを帯びたサスケくんが驚いたように目を開いて、暫くの沈黙のあと合点のいったように瞬いた。恐る恐るサスケくんの頬に手を伸ばした。
「ごめん、好きだよ」
俺も、と静かに返された返事にいよいよ涙が止まらなくなった。不細工な泣き顔を見せたくなくてそっぽを向くとサスケくんの胸に顔を埋めさせてくれた。何だかデジャビュのような感覚がする。脳内をチラつく細く白い糸を掴む前に現実で胸いっぱいだった。
END