大学から駅に向かうバス停の列。そこに一際目立つ彼の姿を見つけた。下手すれば教授と間違えそうなほどの風格を持った同期の彼。あまり二人っきりで喋ったことはない。いつもかれは神威と居たからだ。その神威は珍しいことに今、居ない。スマートフォンを弄る彼に声を掛けてみた。
「阿伏兎くん」
「おっ名前か。帰るのか?」
「うん。ここはいっていい?」
「あぁ」
バス列の中に割り込み、阿伏兎の隣に立った。大きい。見上げるようだ。一緒に帰ることになったはいいが、阿伏兎も名前も何を話していいかわからなかった。共通の話題。一番話が続きそうなのは神威の話題だが、阿伏兎は名前と神威のことを知っている。名前からは振りづらかった。吐く息がかすかに白い。
「ハロウィン祭も終わったしあとは試験だけだな」
「試験の前に冬休みがあるよ」
「一週間だろ?高校の方が長かった……」
「そのぶん春休み長いじゃん。二か月以上あるし……」
「夏休みと同じぐらいか」
「そうそう」
阿伏兎は海外の大学をでて何故かこの大学に再入学してきていたらしい。謎である。どうしてか、ということを聞いてみたかったけれどまだ聞けるほど仲がいいとはいえなかった。デリケートな問題かもしれない。たまーに話すくらいの友人。近すぎず遠すぎず。
「今日はいつもより元気ないな。何かあったのかい?」
「え?」
「おじさん無駄に年重ねてないからねェ……また神威絡みかぁ?」
「違うよ!」
くくくっと笑う阿伏兎の腕を小突いた。相談してみるのも悪くないと思った。コートのポケットの中に手を突っ込み、深く息を吐く。そういえばもうすぐクリスマスだ。バス列を振り返り眺めるとちらほらとカップルの姿が見えた。
「阿伏兎くんは恋人いないの?」
「遠距離でいるけどなァ……最近連絡取ってないからなにしてるやら」
「そうなんだ。遠距離って難しいの?」
「遠距離に限らず、交際ってのはお互いの信頼関係が大事なんじゃねーの?遠距離恋愛ってのはそれが露骨にでるだけよ」
「ほぉ……阿伏兎くんってモテるでしょ」
「んなことねーよ」
「今ちょっとときめいた」
「ははっ怖いねぇ…神威に殺されそうだ」
「なんで神威がでてくるんですか。もしかして阿伏兎くんと神威って…!」
「やめろ気持ち悪りぃ」
想像して鳥肌がたった。二人は恋人というより保護者と子供だ。バスに乗り込み。座席下から出てくる温風の恩恵を受けながら楽単の話やら友人の恋の話やらで盛り上がった。阿伏兎と神威がルームシェアしているというのも初めて聞いた。
「で、お前さんの悩みってのは?」
「……掘り返すんだ」
「ほらほら。おじさんに話してみなさい」
阿伏兎にならいいかな、と思わせてくる。一日中誰かに話したいという欲求に駆られていた名前がその誘惑に逆らえるわけがなかった。彼につられるまま居酒屋に入り、適当に省きながらちょこちょこ話す。阿伏兎は渋い顔で名前の言葉を聞いていた。お通しに箸をつけ、適当に注文し終わった彼はまず深いため息をつく。
「惚気話かぁ?」
「いや違いますよ」
「聞いてる身からすればただの惚気話だぞ」
「……そうなのかな?」
「で、付き合うか迷ってると」
「そうそう」
「……付き合えばいいと思うけどねェ」
何を迷ってるんだか、と阿伏兎は言った。運ばれてくるお酒をとりあえず乾杯し、もう名前はサラダに手をつけた。好き、かもしれない。恋の予兆は感じている。逆に何故迷っているのか、と心中に尋ねると答えは単純だった。
「恋ってなんだろう」
名前の呟きに阿伏兎はにやりと笑う。答えはそれだけでなんとなくわかった気がした。普段のように、「とりあえず」ではだめだ。ちゃんと向き合わないと。恋はもっと楽しいものだと思っていたのにな。気乗りしているのかいないのか分からない名前に阿伏兎は笑った。名前に彼氏ができた、と神威が聞いたらどう反応するか。しかも学外ときた。フったものの名前は神威の大のお気に入りだ。一度フったのも意地悪というか彼女を試していたようなものだ。残念な結果にはなったが、お気に入りのおもちゃを取られた神威の反応が気になる。
「もしも神威がお前さんのこと好きだ、って言ったらどうすんだ?」
「……意地悪」
「悪いねェ……おじさんもSなんで」
意地悪すぎた。けれども答えが気になる。数分悩んだ彼女のだした結論は「神威があたしを好きなんてありえない」というものだった。前提を否定した回答。「あっ、この話神威には内緒ですよ」と口止めもされた。おもしろい。積極的に言うつもりは無いが、聞かれたら答えるかもしれない。そういうと名前はむくれてしまった。決心は決まったのか。心なしかすっきりした顔で名前はオーダーをお願いした。
「おごってやるよ」
名前が三杯目のアルコールを飲み干した時、阿伏兎は甘やかすように言った。彼のスマートフォンにメール着信。FROM神威。今どこいるの?との内容に本当に恋人のようだと笑った。素直に名前と駅前で飲んでいると送ると数秒で返信が来た。ツイッターのリプライのようだ。「行く」との二文字。神威が来ることを名前に告げた。人差し指を薄い唇に当てる。オフレコの合図だ。