03

親がムスッとしているならば、子もムスッとしている。親が明るいならば、子も明るい。レジ打ちをしながら気がついた事実である。あ、あと女性は男性より待たされるのが嫌い。バイト初期の頃は戸惑って嫌な視線を浴びせられたものだ。

「いらっしゃいま…せー」

特に学生は苦手だ。更に言えば女子高生は本当に苦手。集団で来店されると威圧感が半端ないんだよ。夕方のシフトは必然的に部活帰りの学生でコンビニは賑わう。売り上げへの貢献度は半端ではないが。

「サスケくん…レジ変わってくれない?」
「死ね」
「ほらみんなサスケくんのことチラチラ見てるよ?これであたしがレジに入ったら単なる空気読めない子じゃん」

ぐいぐいとサスケくんの背中を押してレジに入れる。隣の店長が苦笑いしながらそれを見ていた。女の子の目が光るのを見た私は背筋が薄ら寒くなりながらも冷凍便で運ばれてきたアイスを品だしする作業に移る。この季節、やっぱりアイスが売れるのは早い。溶け出さないうちに商品を並べていると肩を叩かれた。

「よォ」
「あ、サソリさん…」

ラフな私服を着たサソリさんはどう見ても二十歳を越えてるようには見えない。私が夜勤の時の常連さんだが、レジにお酒と煙草を置かれた時は本当に驚いた。何度も年齢確認をする私にキレたらしいあの言葉は忘れられない。記憶がフラッシュバックし、指先からの寒気が背筋を駆け抜けた。

「何であんなレジ混んでんだ?」
「イケメンアルバイト生がレジ担当なんですよ」
「だからあんなに女が多いのか」
「モテるって罪ですね…いやでもサソリさんもモテモテでしょう」
「振られてばっかだけどな」
「女癖が悪すぎるんですよ。ホストなんて」
「振るより振られたほうが後腐れなくて楽だ。みんな言うんだぜ。しょうがない人ね、って」

鼻で笑うサソリさんに私の好感度はどんどん下がっていく。それでも無視できないのは、まぁ彼の人徳なのかもしれない。イケメンを悪用するとこうなるのか。同じイケメンでもサスケくんとは大違いだ。私はサスケくんに一票を投じたい。アイスが食べたくなったらしいサソリさんが、何故私と雑談しているかというとレジの混雑加減が原因だ。少しでも長くサスケくんの近くにいたい女の子はなるべくたくさんの物を買う。だから無駄に混むのだ。

「夜また来るわ」

諦めたらしいサソリさんが帰っていく。ありがとうございました、そう言って見送る背中はやっぱり三十五には見えなかった。



夜九時までの夜勤業務中、昼間宣告をしたようにサソリさんはやってきた。私服からスーツに着替えたサソリさんの胸元にはネックレス、商品を渡す手には指輪。ホストホストホストって雰囲気全開である。ほんのりただよう香水が気にいらなくて顔をしかめてしまった。

「いきなりガンつけるとは、客に対していい身分だなオイ」
「失礼しました。お客様、年齢確認の方宜しいですか?」
「テメェ…」
「指差し確認か、身分証の提示をお願いします」
「……」
「いや、さっさと指せよ…痛い痛い痛い!」

だってしょうがないじゃん規則なんだもの。毎回の遣り取りが気に入らないらしいサソリさんに、カウンター越しに頬を力いっぱい抓られた。舌打ち一つのあと財布から出された免許証。免許証の写真さえもイケメンである。何年前に撮った写真なんだろう。今と全然変わっていないように思えるのは私の錯覚ではないはず。

「乙女の顔に何するんですか!」
「悪かったな。苛めて下さいって顔に書いてあったからつい」
「あたしMじゃありません!」
「Mだろ。申し訳ございませんお客様って言ってみろよ」
「そんなマニアックなSMプレイなんか御免です!お帰り下さいお客様!…またのお越しをお待ちにしています」

レシートとお釣りを押し付けて頭を下げて退店を願った。たっぷり十秒数えてから頭を上げる。

「…何でまだいるんですか」
「真面目な名前ちゃんにご褒美と思ってな」

カウンターに頬杖をついたサソリさんが微かに笑う。八時なのにレジに客がいないこの店は大丈夫なんだろうか。意識を立ち読み客に飛ばした私は目の前で揺れるチケットによって引き戻された。ピラピラ揺らされるチケットの内容は私の動体視力じゃ読めない。ブランド全開な時計をつけたサソリさんの腕を掴んでチケットを引き寄せる。

「あっ!」
「仕事サボって特集見ちゃうほど見たかったんだろ?」
「くれるんですか!?」
「日曜日空けとけ」

非情なサソリさんはチケットを財布のなかへと閉まってしまう。あぁ私のチケット…日曜日空けとけってサソリさんも行くのだろうか。先程渡したレシートにメールアドレスと電話番号を書いた彼は手を振って出て行ってしまった。



先程からサスケくんの機嫌がすこぶる悪い。期限切れのお弁当を賄いにもらいつつサスケくんの様子を伺うも、目があっただけで舌打ちされてしまう次第だ。仕方なく雑誌に目を通すも不定期に聞こえてくる舌打ちに怯えて集中できない。何がそんなに気に入らないのか。食べている弁当?読んでいる雑誌?それとも私自身?休憩時間なのに全く休憩できない。主に精神的に。

「サスケくん」
「んだよ」
「苛々するのは自由だけど舌打ちは止めてくれない?落ち着いて雑誌読めないの」
「チッ」
「言ったそばから!仕事疲れてんの?あと一時間もないんだから頑張ってよ」
「……」
「今日はサスケくんも疲れてるみたいだし、家まで送らなくていいよ」
「は?」

サスケくんが自転車の日は家まで送ってくれるのが日課になっていた。だが、今日ばかりは勘弁だ。おかかのお握りを食べながら睨みつけてくる彼に威厳なんてものはない。本気で怒らせたら店長よりも怖いことは承知だが、今の私なら耐えられる気がした。だって週末にはずっと見たかった映画が無料で見れるんだもの!

「…ホストなんかと交際してもロクなことになんねーぞ」
「別にお付き合いするわけじゃないもん。ただ映画見に行くだけ」
「……」
「サスケくんだってキレイなお姉さんに誘われてるじゃん」
「俺は全部断ってる」

私が誰とどうしようがサスケくんには関係ないのに。人並みに彼氏に憧れる年頃でもある。手を伸ばせば、ちょちょいと女が引っかかるサスケくんとは違い私にとっては数少ないチャンスなんだ。恋とかではなく純粋な興味から。休憩時間が終わる音がした。

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