01

番外編

彼女が髪を切った。その事実に気がついたのはついさっきであり、しかし、それは俺にとって麒麟が自らに直撃するぐらいの衝撃だった。彼女の長い髪が好きなことは俺だけではなく本人も知っている。観察に夢中で微動だにしない彼女の髪を触りながら何度も言った記憶が有るし、「俺のために髪を伸ばしてくれ」と言う我ながら恥ずかしいセリフも言った記憶も有る。どちらにせよ彼女の返答は「あっ、そう」だったが。無様に相手にされなかった記憶まで蘇ってきた。話を戻そう。そんな彼女が髪を切った。数年間伸ばしっぱなしで大蛇丸と並ぶぐらいの長さになった髪を肩のあたりまでバッサリ切ってしまった。ただ気になるのはその切り方。彼女は器用だ。だから、自ら髪を切ったならばもっと丁寧な切り口になっているはず。しかし今の彼女の髪は無造作すぎる。つまり、誰かが彼女の髪を切ったのか。水月か、香麟か、重吾か。…水月だろうな。そう判断して水月が居そうな所に向かうことにした。幸いこの宿は広くない。

「水月」
「やぁサスケ。科学者のお姉さんなら香麟と入浴中だよ。覗く?」
「……」
「ちょ、暴力は止めよう他の客に迷惑でしょ」
「来い」
「え、僕もう風呂入ったから君一人で入りなよ。背中流して欲しいならあの人に頼みなよ」
「俺がいつお前に背中を流せと命令した」
「あははは…何怒ってんの?」

水月がへらへらしているのはいつものことたが、こちらが真剣な時にその態度だとイラつく。機嫌がどんどん悪化していく俺に気づいたのか水月は大人しくついてきた。部屋に戻り、畳の上に胡座をかくと水月も俺の目の前で同じように胡座をかく。

「彼女の髪はどうした」
「いやそれを僕に聞くの?」
「お前がやったんだろ」
「確かに切ったのは僕だけど…止めて止めて千鳥は止めて。切ってくれって頼んできたのはお姉さんの方だよ」
「……」

切るならせめて、俺に頼って欲しかった。何故水月に切らしたんだ。片手を目に当てる俺に「ヘアースタイルごときで大げさな」なんて水月は言う。重要なのはヘアースタイルではない、長さだ。俺が好きだと言った、俺のために伸ばしてくれとまで言った長い髪を彼女が切った。つまり、彼女は俺のことを何とも思っていないということだ。思い返せば「蛇」を結成したときも無理矢理拉致ってきたようなものだし、棺桶から起きた彼女に「好きだ」と言った返事すらもらっていない。要するに、恐ろしく不安定な二人の関係が髪を切ったことで崩壊しかかっている。

「そんなに気になるならお姉さんに直接聞けばいいじゃん。何で髪切ったの?って」
「……」
「君って、変な所で奥手だよね」

反論はできない。俺の聴覚が香麟たちが近づいてくる音を拾った。本人に聞くか、否か。「普通、実験中の薬をウチに使う!?」「いいじゃない成功だったし。ほらお肌ツルツル」「副作用とかは大丈夫なんだろうな!?」「大丈夫だよ…たぶん」「ハァ!?」「香麟ちゃん!あんまり大声ださないでよ男の子泣いちゃったじゃない!ごめんね〜あ、ほら飴あげるよ」どうやら香麟は実験の検体にされたらしい。微かに子供の泣き声も聞こえる。水月が襖を開けると重吾に連れられた二人が入ってきた。香麟はまだいい。彼女は何故か浴衣の上に白衣姿だった。恐ろしいほどの違和感。だが何となく脱ぐようには言えなかった。

「お姉さんお姉さん。サスケが何で髪切ったのか凄く気にしてるよ」

どう話を切り出そうか否か考えている最中。水月のカミングアウトのせいで彼女だけでなく他の視線もこちらに向いてきた。しかも奴が声をかけたせいで俺の隣に座るはずだった彼女が水月の隣に腰を下ろす。滲み出る殺気に重吾が俺から少し離れた。無言で立ち上がる俺に溜め息一つこぼしてついてくる。やはり彼女は察しがいい。

「サスケくん、湯冷めするからあまり外には出たくないんだけどな」
「……」
「飴あげるから帰ろうよ。ほら、トマト味作ったよ?」
「……」
「ちなみに10年若返る効用と、10年年をとる効用あるけどどっちがいい?」
「いらねェ」
「個人的に27歳のサスケくんが見たいなぁ」

誰がそんな怪しい飴を食べるか。わざわざトマト味を作ってくれた所に愛しさを感じるが、彼女の思考からして如何に俺を実験体にするか考えた結果がこれだったんだろう。報われない。

「無視しちゃ嫌よサスケくん。それとも髪の短い私は嫌い?」
「どうして…」
「ん?」
「どうして切ったんだ?」

ボソリと言えば、彼女はその短い髪を軽く梳いた。

「サスケくんは髪の短い私でも好きかな、って」
「……」
「髪の短い私はお嫌い?」
「…大好きだ」

ニコッと彼女は笑った。嫌いなわけがない。彼女を構成する細胞、ひとつひとつをも愛している領域だ。嫌いになるわけがない。ただ、彼女の髪に触りにくくなるのが惜しいだけで、長い髪になんとなく惹かれるものがあるだけだ。

「私は27歳のサスケくんもきっと好きよ」

さらっとそう言った彼女は踵を返して歩いていく。その耳が赤くなっているのは風呂上がりのせいではないだろう。10年後と彼女は言った。今からまた髪を伸ばして貰おうか。

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