くしゃくしゃに丸められた辞典の切れ端。名前のポケットから抜き盗ったそれを俺はまだ返していない。念のためにそこに書かれた病を調べてみて、こんなふざけた病気が本当に存在することにおどろく。確かにこんな奇妙なものでは治療法がないのも頷ける。さて、どうするか。書庫の中で考えこむ俺にゆっくり近づいてくる影があった。大蛇丸だ。もういっそ死なせてやればいいのに、と思うが、彼女が必死に生きようとする理由が大蛇丸なのだ。大蛇丸が必要としてくれるから、大蛇丸がまだ生きろというから。
「こんな所で何してるの、サスケくん?」
「あんたには関係ない」
「つれないわね。そんなに名前が気になるなら直接聞けばいいのに」
暗に臆病者と言われた気がした。感情を消した瞳で睨みつけても相手は自分の何倍も生きている古狸。勝てるはずがないと諦めた。余分なものは全て切り捨てなければいけないはずなのに。なのに何故か捨てられない。一つぐらいなら拾って歩いてもいいかな、なんて思ってしまう。
「名無し、もう3日も起きてこないわよ」
目を閉じる。こぼれていく砂は手のひらで止められるわけもなく、指の隙間からさらさらと流れていくだけなのに。名前が2年前に受けたという呪い。眠りながら死につけるという、ある意味もっとも幸せで楽な死に方は彼女にとって幸せなのだろうか。『眠り病』どこの誰が命名した名前かは知らないが、とんだ名前だと思う。
「起こしにいかなくていいの?」
「…名前は起きたくないかもしれない」
「起きたいかもしれないわよ」
大蛇丸がいうと何か説得力があった。それが名前が大蛇丸に惹かれる理由でもあるのだろう。舌打ちを残して乱暴に本をしまう。彼女の部屋は相変わらず汚いのだろう。片付けにも実験にもすぐ飽きてしまう名前だけど、生きるのにはまだ飽きていないと信じたい。もう少しだけ、俺がここを出るあと少しだけ生きていてほしいんだ。
予想と違って片付けられた部屋。それが死出の準備のように思えて酷く不愉快だった。万年床にきちんと収まった身体から恐る恐る布団をとっていく。カーテンを開けて光を部屋に取り入れると嫌々をするような寝返りを打った。もう4日目だ。そろそろ起こさなければならない。肩をゆっくり揺らしていく。
「名前、名前」
「うるさい…」
「起きろ」
なるべく優しく扱っていたが、いい加減焦れったくなってきた。思いやりもかなぐり捨てて肩を思いっきり揺らす。カクンカクンと揺れる首は人形のように呆気なく取れてしまいそうだった。最終手段として持ってきたバケツの中の水をぶっかける。
「うぅぅぅ…」
「起きろ」
床がきれいだったせいで布団以外の被害はなかった。ただ名無しはびしょびしょだ。ようやく起き上がって瞼をこする。罪悪感よりも起きたという安堵感が勝った。
「サスケくん…」
「おはよう」
目覚めの挨拶とともに名前から盗った紙を顔の上に落とす。濡れた指を気にせずそれを持ち上げた彼女は内容を確認してかすかに笑った。そっか、知ってたんだね、と苦笑。寝転んだまま伸びをする。次は無いかもしれないと思うと冷や汗が出た。再び目を閉じようとする名前を慌てて揺すればこてんと身体を預けてきた。抱き留めてその身体の細さに戸惑う。細いというより骨が浮き出ているような感触だ。
「お前…ちゃんと食べてるのか」
「ここ数週間で食欲無くて…」
「……」
普段は白衣で隠されていた身体がこんなにも脆くなっていたなんて知らなかった。もはや自力で立てなくなったのか縋るようにしがみつくその身体は前より小さくなった気もした。
「もう疲れちゃった…寝かせてよ」
「駄目だ」
駄目だ。やたら体温だけが高い名前。今寝かせたら本当に起きない。彼女のことは今までよく分からなかったが、これだけは確信できた。ぐったりと眠りこむ名無しの全身から力は抜けきっていた。揺すっても揺すってもうんともすんとも言わない。眠ってしまった。もうどうしようもないのだと理性が囁いた。