汚い、その一言でしか表現できないほどに荒れきった部屋を前に、もう何度目かも分からないため息を吐き出した。何回片付けろ、と言えば学習してくれるのだろう。言うたびに片付けてまぁまぁ見れる部屋になるのに2日も開ければこの有り様だ。なんだ?毎日来てよ、っていう遠まわしのアプローチなのか?だとしたら酷くわかりずらい。この部屋の主は真ん中の万年床にだら〜んと寝そべって、というか万年床で爆睡している。鍵も掛けずに何してるんだコイツは。
「起きろ」
「……」
「オイ」
足で蹴ろうとすればタイミングのいい寝返りで華麗に避ける。腹見えてんぞ。お気に入りらしいアザラシのデカい人形に涎を垂らしながら惰眠を貪りつづけるこの女の枕元には無惨に破壊された目覚まし時計。今年で四個目の犠牲者は買ってから数日しか経っていない。最新記録更新だ。
「起きろって!」
「…うるさい」
「大蛇丸が呼んでる」
上半身起こして、目をこすって、立ち上がる。僅か三秒で行われた行為が額に青筋を立たせる。そんなに大蛇丸が好きか。そう聞けば真面目な顔で「大好きだ」と返ってくるのだろう。分かっている。寝起きでふらふらしながらも大蛇丸の元に向かう女の背中を蹴り飛ばしたくなった。大蛇丸に呼ばれた後、修行でも見てもらおうと思っていたのに言うタイミングを逃した。
大蛇丸の元から帰ってきた名前に部屋を片付けろと命令すると素直に頷いた。いつも通りに窓を開けたあとに雑誌やらを本棚に仕舞っていく。部屋が汚いといっても床の八割は本で埋められている。だからそれを片付ければきれいにはなるのだ。月刊サイエンスと書かれた雑誌を月順に並べていく所を見ると、そこまでがさつではないのだと信じられる。
「飽きた…」
ただ集中力がないのだ。中途半端に片付けられた部屋をほったらかしにして布団に潜り込もうとする名無しを慌てて引き留める。白衣を着たまま寝ようとする女の神経が信じられない、だが放っておけない。
■ ■ ■
ぶぇぇえっくしょん!と、とても女だとは思えないクシャミが聞こえたと思ったら、ガラスの割れる音がして、カブトの怒鳴り声が聞こえた。右に曲がろうとしていた足を方向転換させて、いま来た道を戻る。未だ続くカブトの説教の声と名前の弁解する声を頼りに部屋を覗きこむと俺の気配に気づいたらしい二人が同じタイミングでこちらを向いた。
「あぁ丁度いいタイミングだよサスケくん。馬鹿な名前をここから連れてってくれ」
「カブトォ冗談キツいわ〜」
「……」
「まずは僕に対する言葉遣いから直そうか」
今まで名前が立っていた場所になにやらフラスコの中の液体をかける。間一髪で避けれたのはいいが、液体のかかった床が溶け出して気体が登っているのを見た名前の顔から血の気が引いていくのが面白いほどわかった。カブトは完璧にキレている。ここにいたら本当に殺されかねないと察したらしい名前は慌てて俺の手を引いて外に出た。
「あ、ごめんなさい」
「…気にしてない」
手を掴んでいることに気づいた名前が慌ててあやまる。高体温の彼女の手は鬱陶しいわけではなかったが、少し変な気分になる。大蛇丸のアジトの研究員である名前の存在を知ったのは数年前だが、今まで接点という接点はなかった。ただ2ヶ月前に大蛇丸の命令で名前が自分の世話係になっただけだ。それが何故か、俺が名前の世話?というか補佐のようになっている。
「お腹空いちゃったよ。サスケくんは朝ご飯食べた?」
「もう昼だ」
「あ、そうなの?じゃあ昼ご飯は食べた?」
「…いや」
「だよねだよね。じゃあ食べに行こうか」
カブトに怒られたことも反省してないのか食堂に足を向ける名前の後ろに着いていく。昼ご飯を食べた後、こいつは絶対に昼寝をするだろう。起きるのは早くて夕食時だ。大蛇丸曰わく優秀な人材だと言うが、今のところその能力を発揮したところを見たことがない。それでも俺がこいつを見捨てられないのは、何となく興味があるからだ。気づけば探してしまうし、声がすればそちらに行ってしまう。これは何だ。