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ミカサの左腕の上で毎秒6度ずつ腕時計の細い針は進んだ。一番長い針と一番細い針が重なり、細い針が長い針を追い抜かしていった。非常用出入り口をこっそりと開けて院内に入り込んだエレンとアルミンは片耳ずつ警察用無線に繋げたイヤホンに神経を集中ささていた。

「やっぱり屋上の非常用管理室にいるみたいだね」
「本当に飛び降りようとしていたのかよ。頭おかしいだろあの人」
「そうだね」

エレンは呆れたようにため息を吐いた。少し前に名前から電話があったのだ。シーナ病院のすぐ近くの川にスキューバダイビングの装備をして待っていろとのことだった。確かに病院のすぐ近くを流れる川はそこそこの広さもあり、深さもある。しかし、六階建ての屋上から落ちるかもしれないから下で回収してくれと言われた時、その言葉の現実味の無さにエレンの顔は固まった。

「警察内でも情報が錯綜しているみたいだね。テロリストが立て籠もっていて、そこに名前さんと警察の人間が交渉に入ったってことしか分からないや」
「しっ……誰か来た」

ミカサの声に廊下に立っていたエレンとアルミンは慌てて近くの給湯室に隠れた。近づいてくる足音は一つだけで、アルミンは持っていた手鏡を使って廊下の様子を伺った。長身の看護師がワゴンを押して一人で歩いてきている。彼はエレンとアルミンが息を潜めている給湯室の手前の部屋へと消えた。

「そういえば人質になっていた看護師が休んでいた部屋からいなくなったって言っていたな」
「ビンゴかもね。マリア銀行爆破事件の犯人も三人組だったから病院内に共犯者が潜んでいる可能性は十分あるよ」
「迷ったフリして話しかけてみるか?」
「危険過ぎる。もう少し様子を見よう」

男が入っていった部屋には『医局A』のプレートが掛かっていた。扉に耳を近づけたエレンは中から聞こえてくる話し声を拾おうと目をとじる。微かに聞こえてくる話し声は段々と大きくなっているようだ。エレンは三本の指を立てた後、扉を指差すしぐさをした。

「三人か……」

アルミンは院内図を頭のなかに思い浮かべる。非常管理室は包囲されてしまっている為、表立って助けだすわけには行かない。川を挟んだ向かいのビルから窓をぶち破って突入することも考えたが、派手すぎるため却下する。そもそもエレンの目的は名前をここから無事に連れ出すことだ。警察に逮捕されることもなく、テロリストに命を奪われることなく連れ出すこと。名前の目的なんぞは知らん、とはエレンの言葉である。

「リヴァイ…?名前さんと一緒に居た人か……」

アルミンは元々大きな目をこぼれ落ちそうなほど見開いて扉に耳をくっつけているエレンに戻ってくるよう合図を送った。足音を忍ばせてゆっくりと歩いてくるエレンはアルミンが書き込む用紙に視線を落とした。

「やっぱり、非常管理室にいる限り遠隔から助け出すのは無理だよ」
「……」
「けど、僕に考えがある。名前さんが警察と手を組んでいる状況にある以上、非常管理室の外に出る分に危険はなさそうだと思わないかい?現時点では、だけど」

エレンとミカサはじっとアルミンの言葉に耳を傾けた。

「つまり、テロリストごと名前さんも外に追いやってしまえばいい」
「どうやって?」

アルミンは紙に二つの四角を書いた。立方形へと変えるために線を加え、一つの四角に病院と書き込む。

「向こうのビルから非常管理室を攻撃すればいい。幸い向こうのビルの方が高さは高いから適当な階の窓から撃ち込める」
「攻撃って……俺たちなんも武器持ってないぞ?」

アルミンは病院と書き込まれていない方の四角にバッティングセンターと書いた。向かいのビルは総合スポーツビルだ。ゴルフの打ちっぱなしもあれば、バッティングセンターもある。つまり、ピッチングマシーンももちろんある。

「ピッチングマシーンを使って、最初はボールで窓を突き破る。その後、煙弾を投げ込めばいい。この状況になった場合、名前さんならば、粉塵爆発を警戒すると思う。そうなったら狭い非常管理室から逃げるしかないし、異常事態が起きたら警察も突入するだろう」
「そうだね」

突然聞こえてきた第三者の声に三人は勢い良く顔を上げた。廊下から給湯室を覗き込んでいるのはスーツを着た二人だ。固まる三人に、茶髪をポニーテールにし、落ち着いた色合いのメガメを欠けた女が笑いかけた。

「おもしろい企みをしているね。大好きだよ、そういう話。私にももっと聞かせてよ」

病院に不釣り合いなかちりとしたスーツを着た二人の格好だが、製薬会社の営業には見えない。必然的に警察の二文字がエレンの脳裏をかすめた。強張る表情を気にせずにハンジは言葉を続ける。

「こっちも膠着状態で困っているんだよ。向こうはヘリを要求してきたけどこっちは呑めないし、かといって交渉人としてリヴァイを差し出したはいいけど動きは見せないし。上がお冠でね」
「ちょっとハンジさん何呑気に話しかけているんですか。不審者なんだから連行しないと」
「いいじゃないかモブリット。私たちは動けないけど、彼らは自由だ。彼らがなにかしちゃっても、私たちに責任はないんだよ」

ハンジと呼ばれた人間の下に誰か倒れている。恐る恐るエレンが覗き込むとそこには先ほど廊下で見かけた看護師が倒れていた。ミカサはとっさにエレンの後襟を掴み、引き寄せ自分の後ろにかくまった。

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