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前々から感じていたことだが、どうも名前は団体行動ができない人間らしい。周囲の利害を考えずに自分の感情に素直に突っ込んでいくその姿はどこよりも縦社会を重んじる組織に属しているリヴァイには理解しがたいことだった。そんなリヴァイの心情をケニーは誰よりも正確に汲んでいた。名前は苦手なタイプだろうと思っていたケニーだからこそ、二人が一緒にいることに興味を抱いていた。どっちにしろ、ケニーの読み通り、リヴァイとともに名前も来た。アニを餌にリヴァイを呼べば来るだろうとは思っていた。ケニーは手に持っていた拳銃の銃口を地面に向け、敵意が無いことを示した。

「ヘリコプターは?」
「用意されると思ったか?お前のいた組織だろう。やり方は熟知しているんじゃないのか?」
「まあ、世の中何が起きるかわからないからな、念のためだ」

立ち上がり、膝についた砂埃を払ったリヴァイは人質とされていた少女の身体にあるはずのダイナマイトが無くなっていることに気がついた。仲間割れかとも疑っていたが、どうやら違うようでアニは未だにぴんぴんしている。名前もそれに気がついた。

「ケニー、ロッド・レイスはもう終わりだ。ピクシスがマリア銀行爆破事件の重要参考人としてお前を抑えている。どうせレイス氏に売られたんだろう。諦めて投降しろ」
「もう手を組んでいないってところは正解だ。けどな、こんなところで捕まるわけにはいかないんだよ。それに、俺はこいつとの約束もあるからな」

ケニーはニヤリと口角をあげてアニを振り返った。名前がリヴァイの一歩前に出るとアニは自分のパーカーの裾を肋骨が見える辺りまでめくった。薄暗い管理室だが、唯一ある窓からある程度の光は入ってくる。目を凝らさすとも腹を割くように刻まれた赤い傷跡が見えた。

「復讐は自らの手でやらせてあげようって言う俺の気持ちがお前にはわかるだろう?なにもおかしいことじゃないさ。そうだろう?お前も同じことをしただろ?」
「……」
「俺もお前と一緒で約束は守る人間なんでな」

アニの肩を抱いたケニーの言葉に、エレンのことか、と名前は下唇を噛んだ。母親の仇を自分の手で討たせたことを皮肉られているらしい。話が見えないリヴァイは訪ねるような視線を名前に向けた。

「この病院の外科医教授の数人は、ウォール街にいた医者と結託して子どもの臓器売買に関わっていたんです。アニもおそらくその被害者で……」
「私が頼んだんだよ、この男に。臓器売買の肩を担っている人間を一人残らず見つけてくれって。その代償に、私達はこの男の駒になった」

つまらなそうにアニはそう言ってパーカーの裾を下ろした。名前が母親の仇を見つけ出すという約束でエレンを使ってきたように、ケニーもまたアニを使ってきたのだろう。その結果が、マリア銀行爆破事件の犯人にアニの名前が挙がったことにあらわれている。

「アニ、信じてもらえないと思うけど、私は知らなかったのよ。あの医者がそんなことをしているなんて。私が知ったのは彼が死んだ後なの」

アニたちのような家出少女、しかも無国籍であったり、捨てられたりした子供は保険証もなければ金もないので病院に行けない。そこを取り持ってウォール街を根城にしていた医者を紹介してくれるのが名前だった。噂話などの代わりにほんの少しのお金で治療が受けられ、薬がもらえる。なにより不衛生な溜まり場で生きる身としてはワクチンを打ってもらえるのは大きかった。

「別に私はあんたを恨んじゃいないさ。たまたま今回の仕事で接点ができただけで」
「ほう、いいのかアニ。臓器移植に関わった人間を一人残らず殺してやるって言っていたじゃないか。こいつはお前を医者に差し出した当事者だぞ?まあ、お前がいいなら俺はどうでもいいが」

ちらりとケニーは左腕につけていた時計を見た。その仕草はリヴァイのなかにデジャブを沸き立たせる。まだリヴァイがケニーと共にいたころ、時計を見てゆっくりまばたきするケニーを何度も見た。それは殴りこみを入れる前や、ガサ入れにきた警官から逃げる前に何度も見たものだ。記憶のそこから滲み出る嫌な予感にリヴァイはゆっくりと視線をケニーの一挙一動にまとわりつかせた。

「……名前、お前が言っていた医者たちはまだ生きているのか?」
「ウォール街の医者は殺されました。この病院にいる医者は生きているはずですけれど……」

リヴァイが言いたいことに名前は気がついた。アニとケニーの目的が、臓器移植に関わった人物の抹殺ならば、ここで働いているであろう医者を逃すわけがない。

「……ダイナマイト?」
「あの看護師もグルの可能性が高いな」

やられた、と名前は思った。非常管理室に立てこもる前にはダイナマイトを巻き込まれたアニの姿が確認されていた。そして、今はその爆薬らしきものがなにもない。人質のふりをした看護師が持ちだしたとしたら、恐らくそれは最悪の使われ方をされそうだ。リヴァイを交渉人としてここに呼び込んだのも、ターゲットとなる医者が誰だか名前から聞いている可能性のある唯一の人物だからだろう。運がよければ名前も共にくると見込まれていたのかもしれない。

「リヴァイさん一人なら突破できませんか、この状況」
「……お前本気で言っているのか」
「二人揃っては無謀ですよ。明らかに私は足手まといですし」

唯一の扉にはケニーがおり、反対側の壁にはアニがいる。管理室に入った時から挟まれるような形になっていたのだ。屋上の角に非常用管理室が立てられているせいで唯一の窓を開けてもその下は絶壁だ。フェンスもないために窓から身を乗り出せば目下には川が広がる。脛に傷しかない名前はもちろんエルヴィン達と連絡をとれる通信機ももっていないし、盗聴器すら渡されていない。

「アニだけなら時間を稼げます」
「俺でもケニーに勝てる確信はない」

こちらを見るケニーの目と視線の合った名前はふっと正気に返った。なにもリヴァイに協力する必要はないのではないか。名前はアニへの罪悪感でここまできた。だが、それについては一段落ついている。ちらっと窓を見た。一人ならば、逃げられる。なにかに試されるように名前の目が泳ぐ。その動揺は水面を伝うようにリヴァイにも波紋を投げ掛けていた。

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