ロッド・レイスの脱税の証拠だと言って名前が見せたダイアモンドはすぐにエルヴィンの手によって回収された。名前曰く、ブラッド・ダイヤモンドらしい。それを確かめることはできないが、名前は、マリア銀行を襲った集団と、このダイアモンドの出処はなにか繋がりがあると確信しているようだった。
「お前が撮った映像は確かに有力な武器になるが、警察も一枚岩じゃないことは知っているだろう?恐らく……握りつぶされる。ケニーのいる部署はもともとそう言った部署だ」
「ピ、ピクシス警視総監は?彼の協力は仰げないんですか?」
「エルヴィンがピクシス警視総監に協力を仰いでいるが、その上にザックレー警察庁長官がいる。彼に協力を仰ぐのは…まあムリだろうな。それこそ国の、警察という組織の大改革になる」
「今がその時でしょう?このまま放置すれば、レイス大臣によって新しい武力組織が生まれるんですよ?テロ対抗といえば聞こえはいいのかもしれないけれど、戦争を前提にした組織です。そうなると困るのはあなたたち警察でしょう!」
「落ち着け」
ヒートアップした名前が立ち上がり、勢い良く机を叩くのと、取調室の扉が空いたのは同時だった。扉を開けたのは妙齢の女性であり、その後ろからは風格のある老人が居た。名前は老人の顔を見て開けていた口を閉じた。その目が大きく見開かれるのを見て、リヴァイも振り返る。
「これじゃあ、どちらが取り調べられているのかわからんな、リヴァイ」
「あぁ……なにしにきやがった」
「エルヴィンに呼ばれたんじゃが……どうやら気のせいだったようだな」
出て行けとばかりのリヴァイの態度に名前は目を剥いた。意外と感情豊かな名前である。いつも気取ったような態度を取っていただけにリヴァイは新鮮な気持ちになった。ピクシス名前の顎に手を掛け、その顔をじっくりと見た。
「似ているのぉ」
「……誰にでしょうか」
「アンカの前に秘書をやっていた女に、よく似ている」
名前は顎に当てられた手をそっと退けて、人違いじゃないですかとピクシスの目をみて言った。ピクシスはリヴァイと名前を見比べて口ひげを撫でる。リヴァイの視線は名前に突き刺さっていた。どうやらリヴァイも名前がピクシスの秘書であったと疑っているようだ。
「名前よ…お主はロッド・レイスの汚職……テロ主犯である証拠を持っているそうじゃな」
「脱税に使っていたダイアモンドと公安の人から渡された裏帳簿、ロッド氏というよりケニー・アッカーマンがテロの計画にかんでいるっていう証拠を持っているわ。ケニーの後ろにはロッド氏が写っているから、知らないだなんて言わせない」
「公安と政治家の癒着か……リヴァイ、お前の意見は?」
座ったままのリヴァイは横に立つピクシスを睨むように見上げる。名前もリヴァイを見つめた。詳しい警察内部事情はわからない。だが、ケニーとロッドが組んでテロを起こしたということを公表するということは、警察と政治家によるテロ行為が行われたことを認めるということになる。世間からの批判よりも、国際的な批判が脅威になるだろう。
「……脱税はともかく、ケニーの関わっているテロとの関係は公表しない。だが、罰は受けてもらう」
「それがお主の意見か」
「ああ、そうだ」
「ならば名前の処分はどうするつもりじゃ?」
名前も無罪とはいえない。エルヴィン達はロッドの秘書を殺したのは名前だと考えている。名前自身はそれを否認しているが、リヴァイが踏み込んだ時の状況を見るに、素直にそれを受け入れられない。リヴァイは言葉を濁した。ピクシスはそれを横目に薄く笑った。
「ザックレーが政治家嫌いでよかったな、リヴァイ。この件、儂の指揮下で潰すことになった」
「……名前の処遇は?」
「ザックレー自身が決めることになった」
それが良いことなのか悪いことなのか名前には分からなかった。名前は静かに椅子に腰をおろし、深い溜息をつく。リヴァイは彼女を慰めるように、机の上に置かれた手を優しく叩いた。
「リヴァイ、ケニー・アッカーマンの身柄を拘束できるか?」
「ああ、やろう」
「それと、名前よ。儂は、公安警察官の殺人疑惑についてのタレコミをしてきたのが、お前の知り合いじゃないかと疑っているんじゃが、心当たりはあるか?」
「………」
ピクシスは取調室を後にした。そしてエルヴィンの待つ隣の部屋へ入る。ミケとエルヴィンは険しい表情でピクシスを迎えた。
「ピクシス警視総監。名前と面識があったのですか?」
「あぁ、間違いない。ザックレーともなにかありそうな雰囲気じゃった」
「ますます訳のわからない女ですね」
「ミステリアスでいい女じゃないか、のお?」
口ひげを摘みながらピクシスはくすくすと笑う。ピクシスの後ろから入ってきた二人の警察官が名前の腕をとり、取り調べ室から連れだした。名前はリヴァイを振り返る。リヴァイは黙って名前を見送った。