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ロッドの宿泊するスイートルームに踏み込んだ警察官総勢二十人には緘口令が引かれた。けれども人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、噂は警察組織全体に伝わっていった。リヴァイによって手錠を掛けられた名前は取り調べを担当するミケに一言も口を割らなかった。本来ならば逮捕後四十八時間以内に身柄を送致しなければならないのだが、現場にいたロッド氏からの圧力で、名前は未だ警察が身柄を預かることになっていた。

「エルヴィン、もう三日だ。それに、リヴァイも煩い」
「リヴァイと名前の関係がわからない以上、彼に取り調べを任せるわけにはいかないと判断するのは妥当だと思うが」
「この事件で重要なのは名前よりロッド・レイス氏だと思うが。証拠隠滅を図られてはかなわん」
「なんの証拠だい?」
「とぼけるな、エルヴィン。それを、あの女が握っているんだろう」

エルヴィンはミケの鼻のよさにため息をついた。エルヴィンの腹心であるリヴァイの言葉を鵜呑みにするならば、この事件は外患誘致罪に値するものかもしれない。

「ミケ、あの女の取り調べをリヴァイと代われ。俺とお前で見張る。ピクシス警視も呼べ……他の立ち入りは禁止しろ」
「わかった」

ミケがその旨をリヴァイに伝えると、リヴァイは胸元のネクタイをゆるめた。どこか安堵しているような同僚の様子にミケは鼻を鳴らす。名前とリヴァイが何を企んでいるのかは知らないが、エルヴィンが警戒しているぐらいだ。きっと大きなことなのだろう。

「今から行けるか?」
「あの女が了承すればな」
「ああ、問題ない」

リヴァイの言う通り、名前はリヴァイが取り調べ担当だというとすぐに向かった。これから取り調べられる犯罪者には見えない足取りで部屋に入り、手錠を外される。すでに着席していたリヴァイはグレーの囚人服を来ている名前を痛々しそうに見た。

「……どうだ、刑務所は。規則正しい生活ができてお前も良かったんじゃないか」
「インターネットと隔絶されているせいで気が狂いそうですよ……で、ケニーはどうなったんですか?この刑務所内にいるんですか?」
「…あいつの所属はまあ、そのなんだ……身内でな」
「は?」
「政治家の命を狙うお前を確保するために潜入していたと言い張られるとこちらも手をだせん。公安だからな」
「は!?」

名前は机を手のひらで思いっきり叩いた。バン!と大きな音がたち、入り口に立っているモブリットが反応するがリヴァイはそれを手で制した。混乱する名前は席に着くと頭を抑えて解せぬとばかりに顔を歪めた。

「俺も初耳だった」
「知ってて黙っていたなら許しませんよ。えっと、つまりケニーは逮捕もされてないと?」
「あぁ。一応、事情聴取で署に連行したんだが解放されちまった」
「あの男はロッドとグルだったのに!それをみすみすと!」
「その、証拠がない」

髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた名前は椅子の背もたれに背を預け、椅子の前脚を浮かせて虚空を睨んだ。リヴァイも疲労を顔に浮かべてネクタイを緩める。マジックミラー越しに二人を見ていたエルヴィンは取り調べとは思えない言動と行動に眉を寄せた。

「証拠があれば、いいんですね」
「あぁ。あるのか?」
「………取り引き次第です」
「…………………」

どうする、とリヴァイはミラー越しのエルヴィンに視線を送った。もちろんエルヴィンがそれに対してアクションを起こそうが、リヴァイには見えない。リヴァイはうんざりした表情で机を指で叩いた。

「金か?それとも自由か?」

名前の唇が開いて白い歯が見えた。そこに気を取られていたリヴァイは伸びてくる左腕に反応が遅れ、彼女に胸ぐらを掴まれ引き寄せられる時になってようやく名前の手首を右手で掴んだ。何をする気だと睨むリヴァイの唇に身を乗り出した名前の薄い唇が触れた。

「お代はこれで、結構ですよ」
「お前………」

左手で自分の顔を覆ったリヴァイはなんたる失態だと呻いた。マジックミラー越しのエルヴィンとミケも互いに視線を合わせる。一番気まずいのはリヴァイだろうが、リヴァイよりも見張りについていたモブリットのほうが動揺を露わにしていた。

「で、証拠は?」
「私が持っていたものを全て持ってきてください。もちろんアクセサリーも服も」
「モブリット、持ってこい」

モブリットは静かに部屋を出て行った。彼が帰ってくるまで名前は頬杖をついてリヴァイを眺める。何もなかったかのように装うリヴァイだが、彼の耳はまだ赤味を残していて、それに気がついた名前はしたたかに笑った。

「覚えておけよ、お前」
「気、抜きすぎなんじゃないですか?」
「油断していたことは認めよう。お前に武力で負けるわけがないと高を括っていたしな。予想外だった」
「いい経験になったんじゃないですか」
「あぁ、全くだ」

モブリットは三十センチ四方の箱に入った名前の私物を二人の間に置いた。名前はその中を覗き込み、一番上に置かれていたチャック付きビニール袋をつまみ上げた。

「タンリングか?」
「私がつけていたものです。取引の度につけていたんですけれど、これ、実は真ん中に小さなカメラが付いているんです」
「………」
「この小ささなのであまり時間も持ちませんけど、作動はこのスイッチを舌で押すだけなので任意に録画ができるんですよ」

名前がビニール袋から取り出したそれを指で摘み、リヴァイの目の前で揺らした。一回の使い捨てだが、このカメラで録画されたものはワイヤレス・フィデリティを通してネットにアップロードされている。名前は押収されていた自分のスマートフォンからクラウドサービスにアクセスし、事件日の日付、時間が数字で並んでいるファイルを開いた。流れる荒い音声と荒い映像にリヴァイは目をこらした。映像は名前がロッドに銃口をむけたところから始まっているためエレンもミカサも映っていない。ロッドが何か言ったと思ったら、映像も音声も途切れた。

「鑑識に回してもいいか」
「ええ、どうぞ」

名前はタンリングをもう一度チャック付きビニール袋にいれてリヴァイに渡した。次に箱のなかから、ラウンドトゥのパンプスを取り出し、そのチャンキーヒールの裏のゴムをはがした。チャンキーヒールのなかからぼろぼろとダイアモンドがこぼれ落ちてきたのを間の当たりにして、一同は言葉を失った。

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